蛇に睨まれたオオカミ

22/51
前へ
/51ページ
次へ
「え?なんでカラコンしてんの?」 地元の改札を抜けると、怖い顔をした咲が待ち構えていた。 俺を見つけるとほっとしたように緊張を解いたが、見慣れないカラコンに眉を潜ませる。 「え、あー……この目だと目立つから。」 「瞳の色変えたところで、そんなに変化ないけど……。なに買ったの?」 「いや、何も。試合はどうだった?」 「勝った。」 「よかったじゃん。」 「明日は予定あるの?」 不安そうな咲に見つめられて、微笑みながら腕に指を絡ませる。 咲よりも優先する予定なんて、俺にあるはずがない。 「咲は?」 「ない。」 「どっか行く?」 「行く。」 「この前言ってた映画観たいな。」 「うん。」 「駅前のカフェ行ってみない?」 「行く。」 咲が短い返事をしながらも、嬉しそうに綻んだ口元を見て一安心した。 「のぞ、なんかあった?」 「ん?なにもないよ。」 「なんだかいつもと違う気がする。」 俺の表情を、俺よりもうまく汲み取る咲に冷や汗をかく。 平静を装っているつもりでも、咲にバレてしまいそうで内心焦る。 「大人の階段を上ってきたからかも?」 「なにそれ?」 「ひとりで電車乗れた。」 「はっはは。確かに小学生じゃん。」 「赤ちゃんから大成長だろ?」 「新宿に変な人いなかった?絡まれてない?触られてない?友達は普通の子なの?」 普通ってなんだろうとふと思いながら、不安げな咲の顔を見つめる。 平均値からはみだしたら普通じゃないなら、女が好きじゃなきゃ普通じゃないなら、俺は生まれた瞬間から大きくはみ出している。 俺の存在も咲への感情も普通じゃないし、それを否定されたら俺ではなくなってしまう。 だから、いつも俺だけ仲間外れなんだ。 「大丈夫。」 そう言って笑って誤魔化しながら、自分にも平気で噓をつけることに驚いた。 ノンケに恋をしたところで、それはきっと実らない。 ひゅうの恋愛の辿り着く先に、きっと砂羽くんはいない。 咲の未来の隣に並ぶのは、きっと俺じゃない。 俺たちはあまりにも似すぎているから、離れた方がいい。 ひゅうの泣き顔を思い出すと一緒に泣きたくなるから、フォローを外してブロックした。 互いの傷をなめ合うような関係は、セックスしながら泣きたくなるから。 これじゃあ、なんのために抱いているのかわからない。 もっと軽くて、もっとドライで、下半身だけで繋がるくらいの関係がいい。 時間を埋められたら、ヤっている間だけでも気分が晴れたらそれでいい。 誰かと恋愛する気はない。 誰かに深入りする気もない。 適当な男を見繕って、性欲だけ満たせればそれでいい。 俺を馬鹿にしていた男たちに跨って、承認欲求を満たせればいい。 いつまでも、蛇に睨まれた蛙のままでいたくはない。 蛇に負けない何かに進化したい。 *** 「字幕疲れた。」 アイスコーヒーを一気に飲み干す咲を見つめながら、俺もストローに口をつける。 昼過ぎに映画を見て、オープンしたばかりの駅前のカフェにやってきた。 窓ガラスにはステンドグラスが施されていて、木の温もりを感じる一枚板の机に虹色の柔らかな光を照らしている。 オープンしたばかりということで、店内はやけに賑わっていた。 久しぶりの咲との映画とカフェデートで、束の間の恋人気分が味わえる。 中学に入学してから、咲の部活が予想以上に忙しい。 それに加えて自主練まできっちりこなしているから、俺との時間がぐっと減ってしまった。 惰性で入部している俺と違って咲は意欲的だから、「がんばって」と応援するしかできない。 でも本音を言えば、すこし寂しい。 俺はいくらでも部活をサボるし、咲のために時間を捻出できるけれど、咲はそうではない。 その温度差が滑稽で、すこし寂しい。 俺だけがだいすきで俺だけが咲を求めているのが、すごく寂しい。 「英語覚えちゃえば読まなくて済むよ?」 「みんながみんな、のぞみたいに優秀だと思わない方がいいよ。のぞは普通じゃないんだから。」 咲にはそう睨まれたが、別に俺は優秀ではない。 今でも会話に英語が混じる母さんがいて、祖父はほとんど英語しか話せない人間だから聞き慣れているだけ。 言葉なんてただのツールで、それ以上ではない。 「今日から英語で会話する?」 「やめてやめて。」 「Practice makes perfect.」 「のぞ?」 「習うより慣れろ。咲はリスニング苦手だもんな?」 「のぞは苦手な教科ないじゃん。どうせオール5だろ?」 「図工は2。」 「あー、そういえば画伯だったね。」 「あやふやなものに点数つけられるの嫌いなの。」 「いや、あれはホラーだったわ。あれじゃ子供泣くよ。」 「末っ子だから、年下苦手なんだよ。」 「のぞは年上も苦手じゃん?」 「咲も年上苦手だろ?敬語使えないじゃん。」 「敬うべき人間を選んでるだけ。」 咲は真顔でそう言うけれども、先輩はもちろんのこと教師にすらたまにタメ語が混ざる。 高校は推薦を狙うから、教師との関係は良好にするよう伝えているのに、たまに忘れている。 部活を見に行くと、咲があからさまに怖がられているのを肌で感じる。 不愛想で口数は少なくて誤解されがちだけれど、本当の咲はやさしいのに…… それを知らない人間ばかりで、勿体ないと感じる。 短髪の髪が精悍な顔つきによく似合い、肩幅がある身体は均整がとれていて美しい。 見た目に頓着がないから服装は超ダサいけれども、一週回ってそれすらも愛おしい。 ―――こんなに格好いいのに、咲のどこが怖いんだろ……? 「そんなんだから怖がられるんだろ?」 「舐められたくない。」 「イキってんな?可愛がられた方が絶対にお得なのに。」 「のぞは無駄に可愛がられすぎてる。」 「好かれるコツを伝授しようか?」 「コツ?」 咲の片眉がきれいにあがり、俺を睨む。 その綺麗な漆黒の瞳に、上下の逆転した俺の顔が映っている。 咲の視線をまっすぐに見つめて、にっこりと微笑む。 「じっと見つめて、にっこり微笑んで、顔を近づける。」 そう言いながら咲と視線を交えていると、ガチで咲と付き合っているような錯覚に陥る。 俺をまっすぐに見つめる咲の瞳には、俺と同じような熱はない。 それを分かっていながら、この顔に引っかかってくれないかと期待してしまう。 ―――これで咲が落ちてくれたらうれしいのに、俺のことすきになってくれたらいいのに……。 「これすると、みんな虜になってくれるよ。」 「いつもそんなことしてんの?」 咲に冷めた声と表情でぶった切られ、思わず距離をとった。 「なんでも言うこと聞いてくれるから便利なのに。」 「例えば?」 「水筒とかタオルもってこいとか?」 「自分でとって来いよ。のぞこそ年上を敬ってないじゃん。」 「だって疲れるじゃん?中学の校庭、無駄に広いからダルいの。」 「顔芸してるほうが疲れるだろ?」 「顔の筋肉なんて大して働いてないだろ?咲なんてほぼ動いてないから。」 「面白いことがないのに笑えない。」 そう言って真顔のまま直接グラスに口をつけて、氷を口に含む。 咲は俺といてもつまらなそうだ。 最近やけに無表情な咲を見つめながら、こっそりため息を吐く。 向かいの席の男女が楽しそうに談笑しているのを羨ましく思いながら、この時間がせめて長く続くように氷が溶けた薄いアイスティーをゆっくり飲み干す。
/51ページ

最初のコメントを投稿しよう!

138人が本棚に入れています
本棚に追加