蛇に睨まれたオオカミ

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「電話なんででなかったの?」 結局まっすぐに体育館に向かう気分になれず、図書館で時間を潰して…… 部活が終わるチャイムに合わせて、慌てて体育館へと走った。 体育館を覗くと、タオルを首にかけた咲が俺を見つけて睨んでくる。 いつもならさっさと着替えているはずなのに、俺が来るのを待っていてくれたらしい。 その視線に笑顔だけ返して、機嫌をとろうと腕に絡みつく。 「喋ってて気がつかなかった。」 「誰と?」 「田中。」 「……あいつ、テニス部だっけ?」 「うん。」 そう言うと、咲に目の下を撫でられる。 ―――泣いてたのバレたのかな……? 「……何もされてないよな?小河原先生いるもんな?」 「田中には俺の1億倍かわいい彼女いるから。」 「のぞより可愛い彼女なんているわけないだろ?人の言葉を簡単に信用すんなって。のぞは素直すぎるんだよ。」 「咲は本当に心配性だね?」 「逆にのぞは、なんでそんなに楽天的でいられるの?」 「咲がいるから。」 「はあ?」 「ずっと一緒にいるって言ったじゃん?」 「……あのさ、小河原先生になんか言った?」 「なんか?」 「いや、なんか急に来て大丈夫かって聞かれて……。」 おがっちの顔を思い出し、首を傾げながら誤魔化す。 言葉を濁してなかったことにしたつもりだったけれど、おがっちも咲やにっしーと同じで心配性なことを思いだした。 「なんだろ?」 「あの人が俺に用事なんてあるわけないから、絶対にのぞのことだと思ったんだけど……。」 「おがっちは顔怖いけど優しいよね。」 「誰だってのぞにはやさしいだろ?」 「咲は俺に冷たい。すぐ睨むし、すぐにキレる。」 「はあ?」 「だって、突き飛ばしたじゃん?」 俺がそう言うと、咲の口元が歪む。 顔を腕で隠しながらも、咲の表情が苦しそうに歪んでいるのがわかる。 ―――こんな顔、させたいわけじゃないんだけどな……。 「あれは……マジでごめんなさい。痛かった?怪我してない?」 「大丈夫。俺がなんか気に障ること言ったんだろ?」 「……まあ。」 「じゃあ、俺がごめんなさいじゃん?でも、はっきり言ってくれないと分かんない。」 「言えない。」 「なんで?」 「言いたくないから。」 「だから、なんで?」 咲が何か言いたげに俺を見つめるが、いくら待っても言葉が出てこない。 「いいよ、もう!!俺とは話したくないってことだろ?」 イライラしながらそう言っても、咲は見つめるばかりで口を割らない。 なんか、ひとり相撲しているみたいだ。 ―――すげえ疲れるし、すげえ寂しい。感情がグルグルして、苦しい。 「俺といてもつまんない?」 「いや、別に……そういうことじゃなくて。」 「いいよ、別に。」 「なにが?」 「もっと、咲の好きなことしてていいよ。俺にばっかり気をかけなくていいよ。俺のことばっかり気にしすぎてるから、いつも怒った顔ばっかりしてる。一緒に笑える人といた方が、咲も楽しいと思う。」 いつも俺の子守りをさせているから、咲には友達ができない。 それをうれしいと思いながらも、申し訳ない気持ちにもなる。 「なんでそんなこと言うの?」 「俺といてもつまんなそうだし、いつも怒ってるし……。」 「のぞはつまんないの?」 咲を盗み見ると、なんだか気落ちして見えた。 せっかく俺から解放してあげようと思ったのに、そんな顔をされると決心が揺らぐ。 「俺は咲といるの楽しい。」 「本当?」 「うん。咲と一緒にいると落ち着く。」 そう言って広い背中に額をぶつけると、咲はすこし寂しそうな声をだした。 「……そう。」 「え?咲は俺といても落ち着かないの?」 「いや、ええと……。」 言葉を濁し、俺からすぐに離れようとする。 「……あっそ。落ち着かないんだ。」 咲を追い越してすたすた歩きだすと、今度は咲に手首を掴まれる。 「いや、あの……でも、のぞといるの楽しいから。」 「ふーん。」 「俺にはのぞしかいない。」 絞り出すような小さな声で、いつも澄ました瞳が妙に熱い気がした。 夕焼けが咲を照らしていることに気がついて、咲の手を握り返す。 「俺にも咲しかいないよ?」 俺がそう言うと、そのまま腕の中に抱きしめられた。 急な抱擁に頭がついていかず、狂ったように高鳴る鼓動に顔が火照る。 俺から抱き付くことは数えきれないほどあっても、咲から触れてくれるのは珍しい。 嬉しいけれど、心臓が壊れそうで落ち着かない。 「……咲?」 声をかけると、咲が我に返ったように腕の拘束を解いてしまう。 惜しいことをしたなと思いながら、精悍な横顔を見つめる。 「ごめん。」 「なんで謝るの?いつでも抱き付いていいよ?」 「いや、もう大丈夫。」 「遠慮すんなよ。いつでも抱きしめてやるから。」 そう言いながら両腕を広げると、咲の腕が伸びてきた。 「のぞのくせに偉そう。」 またぎゅうしてくれることを期待していたのに、その手は頬に伸ばされただけ。 「いひゃい。」 「あのさ、彼女いらないって本当?」 「俺はまだ愛だの恋だのよく分かんない。女の子かわいいと思っても、付き合いたいとかは全くない。咲とゲームしてるほうが楽しいもん。」 「そっか。のぞは赤ちゃんだもんね。」 ほっとしたように緩む口元に、期待で膨らみそうになる気持ちをぐっと堪える。 「もしかして、俺に先を越されると思って焦ってたの?」 「はあ?」 「俺よりかわいい子なら一瞬考える。だから、俺よりかわいい子見かけたら教えてね?」 「そんな女いる?」 咲が真顔で質問を返してきて、夕焼けのせいに出来ないほど頬が火照った。 その顔を見られたくなくて、気持ちがバレないように冗談で蓋をする。 「あはっはは。俺が一番かわいいとでも思ってんの?」 咲の中で俺が一番かわいく見えてるなら、かなり嬉しい。 そのかわいいが、友達の枠を1ミリでもはみ出てくれるならすごく嬉しい。 「調子のんな。」 「ごめんごめん。咲が冗談言うの珍しいなって……。」 「のぞよりかわいい子見つけたら、教える。」 「頼んだ!おっぱいでかい子みたら、咲に教えるね。」 「……なんだそれ?」 呆れた表情で睨まれたけれど、澄ました顔でやり過ごす。 「咲の趣味なんてとっくに気がついているんだぞ。」と心の中でぼやきながら、痛む胸を抑えながら笑顔をつくった。 ―――大丈夫。普通に笑える。 「爆乳見つからなかったら、俺のおっぱいで我慢しときな。」 「はあ?」 「好きなだけ触っていいよ。」 そう言って笑うと、咲の顔がみるみる火照っていく。 ―――いや、おっぱいならなんでもいいのかよ? 前に触らそうとした時には拒否したくせにと思いながら、夕焼けよりも赤い顔の咲を見つめる。 顔はかわいいと思ってくれているみたいだから、下半身さえ見せなければ平らでもイけるのか?貧乳以下だけどイけるのか? 「……そんなにおっぱい好きなの?」 「すきじゃない!!」 「おっぱい吸いたいとか、咲のほうが赤ちゃんじゃん。」 「んなこと言ってないだろ!!!」 俺の手首を痛いくらいに掴むと、悔しいくらいにだいすきな顔が恥ずかしそうに歪む。 そんな顔で見つめられると、手をだしそうになるからマジでやめてほしい。 「そんなに怒らなくてもいいのに……。」 「他の奴に同じこと言うなよ?」 「え?」 「絶対に言うなよ?」 妙に真剣な表情で諭されて、思い切り噴き出した。 「バカじゃん?こんなこと咲にしか言わないよ。」 冗談でも、咲以外には言いたくない。 咲以外に触って欲しいなんて、微塵も思ってないから。 「え?あー……うん。俺だけ?それならいいけど……。」 咲が首を捻りながらなんだか可愛い顔をしているから、もっと揶揄いたくなる。 「咲があまりにもモテなければ、俺がファーストキス奪ってやるから。」 「はあ?」 「キスもしないまま死にたくないだろ?」 「俺を童貞のまま殺す気か?」 「じゃあ、ついでに童貞も俺が奪ってやろうか?」 「あ……?は?え?」 面白いくらいに狼狽した表情で視線が泳ぐから、咲は俺を女子だと思っているのかと不安になる。 ゲイでもないのに男同士のアナルセックスなんて、純朴な咲が知っているとは思えない。 耳まで真っ赤な顔で真剣な瞳で見つめられても、その期待には絶対に応えられない。 「あの、俺が男であることをお忘れなく。この顔でも膣はないんで、残念ながら童貞は奪えません。」 「のぞ……いい加減にして。」 俺のことを熱っぽい目で睨みながら、先ほどまで掴んでいた手首が手のひらに変わっていた。 汗ばんだ手のひらに、怖いくらいの視線の強さに、心臓がぎゅうって締め付けられる。 唇をかみしめる咲を見つめながら、咲の手を握り返す。 「すぐにキレんなよ。反抗期か?」 「のぞは慎み深い言葉を選べ。」 「俺に奪われる前に爆乳見つかるといいな?」 「うるさい!!」 そう言いながら、繋いでいた手を離されてしまった。 咲に真っ赤な顔で怒鳴られたけれど、不思議と俺の心は晴れている。 つまらない小言を右から左に流しながら、咲の目つきが感情的で胸の奥がズクズクと疼く。 いつもの仏頂面も好きだけれど、咲の感情が見えるほうがずっと好きだ。 ―――もっと、咲の心の中を見せてくれたらいいのに……。 「のぞがいい。」 「なんか言った?」 咲が俯きながら発した言葉は、俺の耳に届く前にいじわるな風に吹き飛ばされてしまった。 いつもの小言だろうと思いながら咲を見つめると、口元が歪む。 「なんでもない。」 また泣きそうな表情の咲と視線が絡み、その顔には気がつかないふりをして前を向く。 咲は俺に泣き顔を見せたくはないみたいだから……。
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