蛇に睨まれたオオカミ

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「のぞみんの彼女ってどんな子?」 「え?」 咲の委員会が終わるのを大人しく待っていると、同じく彼女の委員会が終わるのを待つ田中が話しかけてきた。 「いや、昨日シたって話してたから。」 「あー、彼女じゃない。」 「え?」 「初めて会った子だから本名も知らない。」 「……え?」 むしろ、女ですらない。 田中が面白いくらいに口をあんぐり開けながら、俺に近づいてくる。 咲と違ってリアクションが大きい田中は、単純に話しやすい。 ただ余計なことまで言ってしまいそうになるから、それだけが怖い。 「どしたの?」 「いやいやいや、なんで?」 「精通きたから。」 「は?」 「どんなもんかと思うじゃん?」 「で?」 「シた。」 俺の言葉に大きなため息を吐きながら、田中が机にへばりつく。 「のぞみん、マジで大丈夫?」 「ちゃんとゴムつけたよ。」 「いや、そういうこと聞いてんじゃなくてさ?」 「なに?相手も了承済みだよ?合意だから大丈夫。」 「その……好きな子とシたらよくない?」 上目づかいで妙に照れた様子の田中に、昨日してしまった好きな子の話を思い出した。 田中みたいに好き同士で付き合えるなんて、奇跡みたいなもの。 そんな奇跡は、俺には一生訪れない。 「無理。」 「なんで?」 「だって、相手はラブじゃなくてライクだし。」 「……告ったの?」 「いや、告ってはないけど?」 告る前から結果は分かっているから、伝えるだけバカだ。 「なんで?告ればよくない?」 「無理。嫌われたくない。」 ―――咲に嫌われたら、死ぬしかない。 「嫌わないだろ?だって相手はのぞみんよ?鏡見てる?」 「すきでもない相手からの好意なんて、キショいだけじゃん?」 無理やり行為を及ぼうとする男の顔を思い出し、吐き気がする。 キスをしてきたにやけ顔を思い出し、腹立たしさを思い出す。 一方的な好意の気色悪さを、俺は誰よりも知っているつもり。 だから、咲にそんな思いをさせたくない。 俺がそう言うと、田中は大きなため息とともに頭を抱える。 「のぞみんにすきって言われたら、誰でも喜ぶと思うよ?」 「田中でも?」 「は?」 「田中も俺のことすきになる?付き合える?」 じっと田中を見つめていると、顔に両手を押し付けられる。 「何?」 「かわいい顔で見るなって。彼女いるから誘惑すんなって、何回言えば分かんの?」 「だろ?」 俺は女には絶対に勝てない。 こんな平らな胸では、咲を誘えない。 咲と同じものをつけた身体で誘ってもキショいだけ。 性別の壁の高さは、俺もよく分かっている。 どんなにボーイッシュな女の子でも、なぜか興奮しない。 かわいいとは思っても、抱きたいとは思わない。 見ている分にはなんとも思わなくても、触れと言われたら途端に気色悪さを覚える。 だから、俺に出来ることなんてなにもない。 「そういえば、今野の試合行くの?」 「いや、またダメだって。」 「……今野に言われたの?」 「うん。」 「今度はどこ中とだっけ?」 「中高一貫の男子中だって先輩が言ってたから、今回は許されそうって思ったんだけど、女子がいなくてもダメってもはや嫌がらせじゃない?」 俺がそう言うと、田中に気色の悪い笑みを浮かべながら頬を摘ままれた。 「すっげえ愛されてんね?」 「は?誰に?」 田中がにやけながら近づいて来たから、その顔にカバンをぶつける。 「ニヤニヤすんな。キショい。」 「俺の笑顔すきなんだろ?」 「その顔は腹立つ。控えて。」 「そういえば、先輩怖くなくなったの?最近よくじゃれてんじゃん?」 「え?あー、あの人たちの扱い方がわかってきた。」 「そうなの?」 「逃げるから追いかけてくるのであって、こっちから迫れば大丈夫。」 「……待って。また危ないことしてないよな?」 「大丈夫。なんでも言うこと聞いてくれるように躾けてるから。あいつらは男じゃなくて、イヌだと思えばいいんだよ。」 「いや、それ絶対に大丈夫じゃないやつだな……。のぞみんは男を舐めすぎている。」 「俺は主導権握られるのがダメみたい。」 「へえ?」 「自分からする分には平気なんだって、最近学んだから。」 「なんの話?」 だから、俺はきっとネコじゃない。 ひゅうとシた時のことを思いだして、そう確信した。 相手がいなければポジションなんて分からなかったけれど、俺は抱く側の人間だった。 ケツの経験値がないとはいえ、男に覆いかぶされることを想像して全身に鳥肌がたつ。 俺より小柄なひゅうですら怖いと思いそうで、ネコができるとは到底思えない。 ―――でも……咲相手なら、やっぱり俺がネコだよな? いやいや、咲とはできないし! 咲は爆乳がすきなんだから……!! 変な想像をしそうになり、慌ててストップをかける。 「どこでヤったの?」 「トイレ。」 「……初めての場所にしては尖りすぎてない?」 「中学生じゃラブホ入れないじゃん?」 「あ~~~~、のぞみんからそんな卑猥な言葉は聞きたくない!」 「俺に夢を見すぎじゃね?」 「のぞみんも男なんだ……。」 「なんでショック受けてんの?大丈夫?」 「遊びもほどほどにしておきなよ?」 「ありがと。」 「あと、今野以外に抱き付くな。」 「え?」 「のぞみんかわいいから、その気があるって思われる。」 「ふーん。俺に興味の欠片もない田中くんでも、抱き付かれてドキドキした?」 「新しい扉が開きそう。」 「あっははっはは。ウケる!」 「ウケんなし。笑い事じゃねえわ。」 「俺のセールスポイントは、顔しかないから。」 「学年トップがなに言ってんの?」 「マイナスを補うためにしてるだけ。プラスにはならない。」 「のぞみんって自分に厳しいよな?」 「そう?」 「もっと自分を甘やかしていいんだからな?」 「うん?」 田中に頭を撫でられていると、咲が教室に顔を出した。 「のぞ、帰るよ。」 田中のことを怖い顔で睨みながらも、無言で俺のカバンを掴むとそのまま廊下に出てしまう。 俺と歩く時はいつもゆっくりと歩調を合わせてくれるのに、今日はなぜか前のめりの早歩き。 咲の背中を小走りに追い駆けていると急に止まるから、鼻を思い切り背中にぶつけた。 「痛っ!」 「ごめ。」 「なんか急いでるの?」 「別に。」 「駅前のアイス屋寄って行かない?新しいフレーバー出たって。あ、でも咲は甘いの嫌いか……。今度、田中と行くからいいよ。」 「行こ。」 「え、いいの?」 「……あそこのアイスコーヒーすきだから。」 「咲はやさしいね?どこでも付き合ってくれる。」 「……心が狭すぎて自分が嫌になる。」 「え?」 咲に思い切り髪の毛をまぜられて、一瞬で鳥の巣になった髪。 それを気にかける余裕もないほど切羽詰まった顔で見つめられて、目が離せなくなった。 「なに?」 「……ヤバい。」 「なにが?」 俺の問いかけには答えず、代わりに大きすぎるため息を吐かれた。
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