蛇に睨まれたオオカミ

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望海 放課後、咲にユニフォーム姿を見せたくて電話をかけたのに、なぜか繋がらない。 いつもはワンコールも待たずに電話をとる咲だから、電話に出ないのは珍しい。 体育館まで距離はないから、その姿のまま部室に顔を出した。 「え、のぞみん!?」 部室を覗くと、ちょうど部活を終えた部員が着替えている最中だった。 ラッキースケベだと思いながら咲の姿を探したが、奥まっている造りのせいで入り口から奥まで見えない。 ―――あー、残念。せっかく咲の生着替え見れると思ったのに……!! 「すみませーん!咲います?あいつ電話出なくて……。」 「あ、今保健室にテーピングしてもらいに……。てか、その格好なに?」 近くにいた先輩に声をかけると、奥にいた先輩たちが慌てた様子で何かをしまうのが垣間見えた。 「……今、なに隠したんですか?」 そう言いながら奥に進むと、バスケ部では見ない顔がたくさんある。 よく見たら陸部の先輩たちまで混ざっているから、意味が分からない。 変だなって思いながら、蹲ってカバンを抱える先輩の前にしゃがみ込む。 「ねえ、見せてくださいよ?」 「いや、なんでもないから……。」 「じゃあ見せられますね?」 「無理!今野に殺されるから!!」 「すきあり!」 先輩の脇腹からカバンを勢いよく引き抜くと、カラフルなDVDが大きくはみ出していた。 それを手に取ると、AVだと一目でわかる。 裏を確かめると女優ひとりに男優多数で、レイプっぽい内容にぞわっと鳥肌が立った。 「ええと……ショートパンツの君の太ももに挟まれたい。マネージャーとイけない放課後。疲れた身体に特製栄養ミルク。」 タイトルを読んでから陸部の先輩を見つめると、今にも泣きそうなほど情けない表情を浮かべている。 後輩に性癖がバレるなんて、そりゃショックだろう。 俺だって、別に知りたくもなかった。 「レイプは犯罪だから、妄想の中だけに留めてくださいね?」 微笑みながら先輩に返却すると、AVの代わりに俺の手をぎゅっと握ってきた。 「違う!俺の趣味じゃないから!絶対に違うから!!」 「いや、別に性癖を責める気はないんで、どうぞご自由にお楽しみください。」 「いや、マジで違うから!!!そんな蔑んだ目で見ないで!!」 「てか、ここなんすか?」 「のぞみんは見なくていいから!!!」 半開きのロッカーを開けると、色とりどりのパッケージが並んでいる。 中には女装子モノまで混ざっていて、バラエティー豊かなラインナップが取り揃えてある。 無料のAVが蔓延るこの時代に、手に取れるAVがあることが新鮮だった。 ひとりの趣味ではなさそうだなって思いながら物色していると、3年の先輩が俺の隣に並んだ。 「のぞみんも興味ある?」 「え?」 「先輩からずっと伝承されてるから、マジで色々あるよ。清純派からギャルやゲイビも……。好みのものあったら持ってていいし、むしろ一緒に見る?どんなのタイプ?企画とか女優だとどっちで選……。」 「あー、大丈夫です。」 先輩の鼻息荒い説明を途中で遮り、これ以上突っ込んだ質問をされたくなくて、にっこりと笑顔で壁をつくる。 学校で俺の趣味を披露するわけにはいかないし、男女モノ借りたところで感想も糞もないのだから。 「ほら、やめとけって!がっつり線を引かれてるから!」 「素朴な疑問なんだけど、のぞみんでも抜いたりすんの?」 「お前、それはセクハラだろ!?」 「いや、だってこの可愛い顔でシコってるって、意味わかんないじゃん。オカズがオカズで……。」 「オカズ?」 「やめろやめろ!!天使に下ネタ通じるわけねぇだろ?のぞみんはAVなんて見ないし、シコらないから!むしろついてないから!!」 「いや、普通についてます。」 ―――俺に夢を抱きすぎている……。 先輩たちが取っ組み合いになりそうな勢いで無駄な討論を繰り広げているのを見つめていると、部室の扉が開いて咲が顔をだす。 「のぞ?こんなとこで何してんの!?」 「咲!え、怪我したの?大丈夫?」 ひとさし指を見ると、きつめのテーピングが巻かれていた。 不安を覚えながら咲に手を伸ばすと、先輩に返し損ねたAVが俺の手に握られたままなことに気がついた。 「あ。」 咲はそれを俺から無言で奪うと、迷うことなくロッカーに突っ込んだ。 ―――保管場所を知っているということは、咲もAVの存在に気がついていたのか……。 軽いショックを覚えながら、咲を見つめる。 「のぞにキショいの渡すなって言っただろーが!!」 「違う!!!ちゃんと隠そうとしてた!!!」 先輩たちが咲に胸ぐらを掴まれ怯えているのを見つめながら、怒りで震えている咲に声をかける。 「咲も見るの?」 素朴な質問をぶつけると、咲の顔が思い切り引き攣る。 「……え?」 先輩たちから手を離すと、俺を見つめながらみるみる真っ赤に染まっていく。 その表情を見れば嫌でも分かる。 咲もAVを見てセックスの疑似体験をして楽しんでいるんだと思うと、裸の女を見ながら自分も挿れたいと思っているんだと思うと、嫉妬で胸がはち切れそうだ。 汚すぎる感情に頭も心も支配されて、イライラしながら保管庫にあったAVを1枚手渡し、とびっきりの笑顔を向ける。 「どうぞご自由にお楽しみください。」 「違うって!こんなの見ないから!てか、その格好は何?」 「え?陸部のユニフォーム。今度記録会あるから、さっき試着したの。」 「記録会?」 「あ、咲は来なくていいよ。土曜日だからバスケ部あるだろ?」 「行く。」 「え?」 「絶対に行くから。てか、そんな薄着でうろうろすんな!危ないだろうが?」 そう言いながら、ジャージを肩に引っ掛けられた。 咲に後ろから抱きしめられているような温もりを感じて、嬉しくなって袖を通す。 「どう?似合う?」 そう言いながら腕を広げると、咲が慌てて視線を逸らす。 「いや、そんなの……もう、裸じゃん。なんでそんな卑猥なユニフォームなの?」 「ひわい?エロいってこと?」 聞き慣れない単語に頭を捻りながら、自分の姿を見下ろす。 へそが見える短め丈の薄手のタンクトップに、ボクサーパンツほどの長さのパンツ。 機能性を最大限に考えられたデザインだけれど、見方を変えればエロく見えなくもない。 でもそれは女子が着ていればの話で、男が着たところでゲイしか喜ばない。 「俺とコレどっちがエロい?」 「黙れ。」 手渡したAVと自分の顔を指すと、真っ赤な咲に怒鳴られる。 「これは趣味じゃないってこと?巨乳じゃないから?」 「いや、別に巨乳なんて好きじゃないし、なんでその設定は一生消えないの?」 「じゃあ何が好きなの?」 「……バスケ。」 「つまんない男~。」 咲にジャージのファスナーを上までしっかり締められると、そのまま背中を押されて部室を追い出された。 「のぞは部室入るなよ。それもさっさと着替えて。」 「なんで?」 「オカ……。」 「丘?」 「……なんでもない。」 「やたらバスケ部以外の出入り多いと思ったら、こーゆーことだったんだ?」 「代々語り継がれてる場所みたいだから。」 「なんで今まで教えてくれなかったの?」 「のぞに教えるわけないだろ?まだ12歳じゃん。」 「咲まで知ってたのに?」 「俺はバスケ部だったから。出入り多くてすげえウザい。」 咲はそう文句を言うけれども、男なら知っていて当然の場所を俺だけ知らなかったことがショックだった。 ―――田中も知っていて、俺に隠していたのかな……? 「俺だけまた除け者?」 「のぞは特別だから。」 咲にそう言われたけれども、特別なことに何の価値も感じない。 そうじゃない。 特別じゃなくて、俺はただ除け者なだけ。 「特別なんていらない……。」
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