蛇に睨まれたオオカミ

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望海 ―――き、来ちゃった……。 咲に内緒で練習試合に顔をだしたはいいけれど、他校なんて初めてでよくわからない。 試合時間ギリギリに来たから受付も終わってしまっていて、広い敷地に気持ちが萎える。 どうしようと思いながら校舎の方に向かうと、肩を叩かれた。 「試合観に来たの?」 「え?」 「そっちじゃない。」 見覚えのあるジャージ姿の男に手首を引かれ、スタスタと歩き出してしまう。 その後ろ姿を見つめていても、男の顔には見覚えがない。 「うちのバスケ部?」 「1Bの進藤。」 少し振り返りながらそういうと、初めて視線があった。 咲ほどではないけれども1年という割には身長も高く、整った顔立ちをしていた。 「……すげーイケメン。」 「そりゃどうも。」 「あ、ごめ。」 ―――初対面でキショいこと言った!!笑われた!! 「胡蝶はひとりで来たの?」 「あー、うん。てかこんなところにいていいの?試合でるんだろ?」 「サボってた。」 「さてはやる気ないな?」 咲の練習を何度も体育館に見に行っているのに、こいつと会うのは多分初めて。 それはきっと、この男がずっとサボっていたからな気がする。 「でも、すこしでてきたわ。」 「そうなの?」 男と視線があうと、仏頂面だった顔が笑顔にかわる。 整っているから真顔だと冷たそうに見えるのに、人懐っこい笑顔のギャップがエグい。 ―――こいつ、女子にモテそう……。 「観客席はあっち。」 「ありがとう。」 そう言われて2階席に行こうとしても、男は手を離してくれない。 「でも、お前はこっちにいれば?」 そう言いながら手を引かれ、試合が行われる1階の体育館内に連れて行こうとするから、踵でブレーキをかける。 「え?俺、部外者だし……。」 「今日観客多いから、今からだと見えないと思うよ?チビじゃん?」 「いや、平均だから。お前が健やかに育ちすぎてるだけだから。」 ―――それよりも、咲に来ていたことバレたくない。 人影の間からこっそり見えるだけで満足で、それ以上は望んでいない。 「大丈夫。ありがと。」 「観客席に胡蝶いたら、騒がしくて試合どころじゃなくなる。」 「え?そんな目立つ?」 「めっちゃ目立つ。えげつない美女。」 そう言われて、自分の格好を見下ろす。 Tシャツにハーパン、少し大きめのGジャンを羽織りキャップを被っていた。 色もシンプルで、別に女子っぽい格好をしているわけではない。 「女に見えなくね?」 「顔が女子。」 「喧嘩売ってる?」 「かわいいって褒めてるじゃん?」 常に真顔で話すから、冗談を言っているのかどうかも分からない。 ―――こいつ、絡みづらいな……苦手だわ。 「キャップ邪魔じゃね?」 「あ。」 「やっぱりないほうがいい。せっかくのご尊顔を隠すなよ。」 「ちょ、返せって!」 「やだ。」 進藤に帽子を取られ、そのまま頭上に腕を持ち上げてしまう。 二の腕を引っ張っても、帽子までは手が届かない。 進藤を睨むと逆に楽しそうに微笑まれてしまい、身長差を見せつけられたようで腹が立つ。 「何してんの?」 「あ……。」 聞き慣れた声と共に咲が進藤からキャップを奪い、俺の頭に被せてくれた。 俺を見ると不機嫌そうな表情を浮かべながらも、進藤に向かって真顔で伝える。 「進藤、いい加減アップ済ませろって。お前サボり過ぎ。」 「はいはい。」 進藤が欠伸をしながら体育館に入るのを見届けていると、痛いほどの視線を感じる。 「……なんで来たの?」 「観たかったから。この前の試合も、咲がガンガン決めたって言ってたし……。女子見に来てないよ。試合終わったらすぐ帰るもん。」 咲に会いたかった。 咲の格好いい姿を、俺も生で見たかった。 そう思いながら見上げると、咲は大きなため息を吐きながら俺をまっすぐに見つめる。 「……怒ってる?」 「怒ってる。」 「ねえ、怒んないで?」 腕に触れようとするとさっと避けられ、その代わりに手首を掴まれて連行される。 追い返されると思っていたのに、連れてこられたのは体育館内のコート脇にあるベンチだった。 見覚えのある面子に不躾な視線を送られたが、咲は気にすることなく俺をベンチに座らせる。 「これかけて。」 着ていたジャージを俺の膝の上にのせると、くしゃっと髪をまぜてから帽子を目深に被せられた。 「ちょろちょろ動くな。」 「俺、部外者なんだけど?」 「わかった?」 有無を言わさない視線で言われ、大人しく頷く。 「一緒に帰るから、終わっても待ってて。」 「いいの?」 「隠れて来るのはマジでやめて。」 「……ごめん。」 「じゃ、行ってくる。」 もっと怒られると思っていたのに、なぜかいつもよりも優しい気がする。 肩を回しながら歩く広い背中を見つめていると、心臓がムズムズした。 「咲!!!」 呼んだはいいけどなんて言えばいいのか分からなくて、でもこの気持ちを言葉にしたい。 振り返った咲は口元に笑みを浮かべていて、楽しそうな表情に心臓がぎゅうっと搾り取られそう。 「がんばって!一本集中!!」 そう声をかけると、咲の視線がふんわり和らぐ。 ―――咲、マジでかっこよ……。 その背中を見つめているだけで、気持ちが満たされる。 セックスなんてしなくても、見ているだけで十分幸せ。 ―――すき。だいすき……。 リズミカルにボールが弾む音、バッシュのスキール音、得点を重ねるごとに熱くなる声援。 この空間を包み込むすべてが心地よくて、咲の横顔を見つめているだけでバターのように蕩けそうだ。 まるで手のひらに縫い付けられたようなボールの動きに目が奪われ、咲の顔に見惚れているうちに、気がつけば試合が終わっていた。
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