蛇に睨まれたオオカミ

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試合終了のホイッスルが鳴った瞬間、咲と視線が交わる。 俺に格好いいって言われるのが、一番うれしいって言ってくれた。 だから、たくさん格好よかったって伝えたい。 早く声をかけようと立ち上がったが、俺よりも先に女子が駆け寄っていくのが見えた。 見覚えのない制服に身を包んだ女子が、咲を見て微笑んでいる。 その姿を見ているだけで、シャボン玉のように膨らんでいた気持ちがピシャンと破れた。 ―――あー、すげえつまんない……。 さっきまで興奮で熱くなっていた心臓が瞬間冷凍されて、代わりに腹の辺りがムズムズするような苛立ちが募る。 感情の振れ幅が大きくて、心も頭もすごい疲れる。 これ以上なにも感じたくも考えたくもなくて、さっさと席を離れた。 「のぞ!!」 体育館をでた瞬間、間髪入れずに咲に腕を掴まれる。 「……なに?」 「なんで帰ろうとしてんの?」 「終わったら帰るって言ったろ?」 「いや、一緒に帰るってさっき言ったのに……。」 「触んな。キショい。」 腕を振り払いながら睨むと、咲が慌てた様子でぱっと手を離す。 「……なんで怒ってんの?」 「怒ってない。」 「ちょっと待って?ミーティングあるからすぐに帰れない。」 「いいよ。1人で帰れるから。」 「じゃあ、俺と帰る?」 咲の顔の隣に、先ほど見たイケメンが立っていた。 選手の中でひとりだけ汗もかかずに涼しい顔をしながら、俺に向かって甘い笑みを向ける。 「え?」 「大丈夫。俺はミーティングでないから。」 「いや、お前は出ろよ。選手だろ?」 「ミーティングよりも胡蝶のほうが興味ある。」 「は?」 「恋バナしよ?」 「え?普通にヤだけど……。」 女慣れした軽い雰囲気の男を睨み返しても、楽しそうに微笑まれるだけで気味が悪い。 ―――こいつ、やっぱり苦手だわ。 「のぞ、行くよ。」 「どこに?」 「帰るんだろ?」 「なんで?咲はミーティングでるって……。」 「のぞが帰るって言ったんじゃん。」 「いや、ミーティングは?」 「のぞが帰るなら帰る。」 「え、なんか……俺がすごいわがままみたいじゃん?」 「自覚ないの?」 「いや、俺は1人で帰れるからいいって。」 「じゃ、仲良く3人で帰る?久しぶりの試合で疲れたし。マックでも寄ってこ?」 俺の肩にポンと触れると、そのまま首に腕を巻かれる。 暑苦しい腕を振りほどくと、進藤との間に咲が割り込んできた。 「お前は疲れることしてないだろ?汗すらかいてないじゃん。何しに来たの?」 「だって、他校の女子の連絡先ゲットするために来ただけだし。」 「キショ。」 「マジで何してんの?」 俺と咲に冷たい視線を浴びても、進藤は全くめげない。 「ま、でも女子よりも胡蝶のがいいかな?近くで見るとすごい美人。」 「……あざす。」 「柔らかそうなほっぺ。」 そう言いながら頬に手を伸ばされたが、咲に呆気なく叩き落とされる。 「触んな。キショい。」 「キショくない。胡蝶にイケメンって言われたし。」 「の、のぞに?」 「羨ましい?」 「だって、格好いいじゃん?」 「こいつは格好良くない。」 はっきりとした口調で啖呵を切ると、不機嫌そうな咲に思い切り手を引っ張られた。 咲が他人の容姿に口をだすなんて、初めて見た気がする。 誰がかわいいとか美人とか、そういう類の話を全くしないから。 アイドルも女優も関心がなく、写真を見せても興味ないと一掃されてしまう。 ―――なんか、咲らしくない……。 不思議に思いながら進藤を見ると、やけに楽しそうに笑っているから、フォローする必要もなさそうだ。 自分の見た目にも興味や関心がないから、他人にも興味ないんだって思っていた。 でも、進藤がよほど嫌いなのか、生理的に無理なのかは分からないが、咲の進藤を見る目は冷ややかだった。 背中からも不機嫌オーラが垂れ流しで、繋がれた手は汗ばんでいてすごく熱い。 咲の怒気に当てられて、俺の怒りはどこかに吹き飛んでしまった。 「……連絡先もらったの?」 「連絡先?」 「女子に囲まれてたじゃん?」 「だから、興味ない。」 「咲好みの爆乳じゃなかったから?」 咲を見るとさっきの進藤を見ていた表情ではなく、いつもの仏頂面に戻っている。 「前から気になってたんだけど、なんで俺が爆乳好きで固定されてんの?」 「すきだろ?」 「すきじゃない。え、のぞはすきなの?」 「すきじゃない。」 「……ならいいけど。」 首を傾げる咲に肩を並べると、なんだか不思議な気分。 端正な横顔に見惚れながら、繋がれた指先を見つめる。 ―――手を繋いで歩いているなんて、まるで恋人みたいじゃない? 「あのっ!!」 場にそぐわぬでかい声に振り返ると、見慣れないジャージに身を包んだ男が突っ立ていた。 咲を見ると、鬱陶しそうな表情で男を睨んでいる。 バスケ繋がりで声をかけたのかと思ったが、咲の反応を見て親しそうにはとても見えない。 しかも、男の視線はがっつり俺を捉えていた。 「今野くんの彼女さんですか?」 思わず「はい、そうです。」と全肯定したくなる。 女ではないけれど、その間違い方は俺の自尊心をくすぐりすぎる。 にやけながら咲を見上げると、怖い顔で俺を見下ろしているから、慌てて訂正を入れた。 「あ、違う。」 「じゃあ進藤くんの?」 「いや、ちょっと待って?まず女じゃない。」 そう言いながら納得しない顔で見つめてくるから、仕方なく学生証を突き出す。 「え?男?」 「のぞ、学生証持ち歩いてるの?」 「だって、性別確認ばっかでウザいんだもん。股間触らすなって咲が言うから。」 「当たり前だろ?頭いいくせに何考えてんの?」 咲に小言を言われていると、さっきの勢いを完全に失くした男が、俺と学生証を交互に見つめて立ち尽くしている。 「……男なんすか?」 「残念だったね。他当たって。」 そう言いながら踵を返すと、今度は腕を掴まれる。 「何?」 「男じゃダメですか?」 「何が?」 「いや、連絡先交換したらダメですか?」 「……なんで?」 「よかったら、お友だちから始めませんか?」 「え、俺と友達になりたいの?」 田中に続いて2人目の友達なのかと前のめりで男を見ると、なぜか頭を振る。 「いや、彼氏に……。」 「え、どっち?友達になりたいんじゃないの?」 「いや、だから親しくなりたいってことで……。」 「親しい友達ならいいよ。」 「いいんですか!?」 「あ!でも、彼氏にはならない。」 「え?なんでですか?」 「……だって。」 ―――咲しかすきじゃないから……。 そう思いながら咲を見上げると、俺を見下ろしながら眉を潜めている。 性別伝えたらそれでおしまいだと思っていたのに、なぜか掴まれた腕を離してはくれない。 見かねた咲が男の腕を軽く捻り、肩を抱き寄せる。 咲のものだと言わんばかりの態度に、守ってくれているだけだと分かりながらも心臓が騒がしい。 「のぞ、行くよ。」 肩を引かれて、もつれそうになる足を咲の二の腕に支えられる。 「なんですぐ断らないの?なんでヘラヘラしてんの?」 「だって、男だって分かってんのに告られるなんて思わないから。友達になるくらいならいいかなって思って……。」 「嫌いだろ?」 「え?」 「男なんて嫌いだろ?」 「……うん。」 「だよな。」 俺の言葉に小さく頷きながらも、眉間に皺が寄ったまま。 「あ、でも咲は別だからね?」 「え?」 「咲のことは、その……す、きだよ?」 もっとスルッと格好良く言いたかったのに、だいすきすぎて声が歪む。 顔が灼けるように熱くて咲のほうは見れないのに、隣からは頭上に降り注ぐ太陽に負けないくらいの視線が注がれる。 ―――見んな!こっち見んな……!! 気持ちは焦りながらも、声が震えそうで口には出せない。 言うつもりなんて全くなかったのに、勢いで伝えてしまった。 俺のすきなんて言葉は子供の頃に言い尽くしているし、咲も友達のすきだと勘違いしたまま。 勘違いさせているのは俺だけれど、咲もそれ以上踏み込んでこない。 それは咲にとってその方が都合がいいからで、俺の存在なんて咲にとってはその程度。 女がすきな咲に俺の気持ちを伝えたところで、困らせるだけ。 変に気を遣わせてぎくしゃくするくらいなら、このままがいい。 ゆっくり呼吸をしているうちに、次第に顔の熱が引いていく。 ちらっと咲に視線を向けると、涼しい顔で前を向いていた。 ―――少しくらい、照れてくれてもいいのに……。 俺のすきなんて言葉は、告白にすらならない。 咲の心には、少しも届いていない。 ―――対象外から言われると、反応すらもらえないのか……。 手を繋ぐだけで俺はこんだけ緊張しているのに、咲は表情筋すら動かない。 その温度差に腹が立って、指を振りほどく。 「のぞ?」 「何?」 「……なんでもない。」 咲の背中を見つめながら、頭の中がグルグルする。 せっかくの試合だったのに、「お疲れさま」も「格好良かった」もまだ言えてない。 褒めたい言葉がたくさん頭の中にあるのに、喉の奥ですべて絡まっている。 ―――なんか、モヤモヤする。胸がくるしい。
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