蛇に睨まれたオオカミ

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明日から夏休み。 期末試験を無事に終えて、涼しい部屋の中でゲームをしながらベッドに寝そべる。 咲の匂いが充満した部屋にいるだけで幸せで、明日からここに入り浸れると思うと頬が弛む。 そんな中、咲が思いだしたように口にした。 「そういえば、陸部の合宿いつから?」 「合宿ってなに?」 「え、陸部はないの?」 「あー、自由参加だから俺は出ない。」 「……そっか。」 ―――そのニュアンスからして、咲は出るんだよな……? そう思いながら見つめると、気まずそうな表情をしている。 咲の大好きなバスケ、頑張ってほしい気持ちはもちろんある。 それでも、離れるのはやっぱり寂しい。 「何日間いないの?」 「3泊4日。」 「え、そんなに長いの?」 「ごめん。」 「いや、俺に謝る必要ないし……。」 咲が頑張ってること邪魔しないって決めた。 「頑張って。」って言おうと思っているのに、「行かないで。」って気持ちが邪魔をする。 「お土産買ってくる。」 「……うん。」 「毎日電話する。」 「……うん。」 毎日電話してくれるだけ、ゴールデンウィークよりはいいはずなのに…… 距離が離れているだけで、気軽には会えないと思うと、寂しくて既に泣いてしまいそう。 枕にうつ伏せになっていると、咲の手が後頭部を優しく撫でる。 「のぞ?」 「ん?」 「寂しいの?」 「寂しいわけないし!!」 咄嗟に強がった言葉がでてしまったが、本当は……すげえ、寂しい。 恋人なら素直に吐露できる気持ちも、友達に伝える言葉には制限がある。 ゲームオーバーの文字が大きく表示されたスマホを見つめながら、深いため息を吐く。 「だよな。」 「……俺にだって、友達くらいいるし。」 ―――田中と……咲だけ。 毎日一緒に過ごせると思っていた夏休みの予定が思い切り崩され、始まる前から気分が下がる。 一緒にゴロゴロするだけで、同じ空間にいられるだけでいい。 甘い言葉なんてなくていい。セックスなんてしなくていい。どこにも出掛けなくてもいい。 何もいらないから、傍にだけいてほしかった。 「出かけるときは連絡して。」 「え?」 「心配だから。」 「……わかった。」 咲は俺よりもバスケがいいんだ。 不貞腐れた気持ちでスマホを見つめていると、咲からLINEが届く。 隣にいるのになんの用だと開いてみると、水族館のホームページが載っていた。 「何これ?」 「夏休みどうかなって……。」 横目で咲を見ると、俺のことを難しい顔で睨んでいる。 ―――なにその表情?ご機嫌取りしてんの……? 「咲は部活で忙しいんじゃないの?」 「でも、オフの日あるし……。」 「わざわざ俺のためにあけなくていいよ。自主練したいんだろ?」 「……俺とはどこにも行きたくないってこと?」 今度は泣きそうな顔で見つめてくるから、意味が分からない。 思えば、咲から提案してくるなんてすごく珍しい。 ―――誘えばどこにでも付いてきてくれるけれど、誘われるなんていつぶりだろう……? 「水族館なんてすきだっけ?」 「普通。」 「じゃあ、なんで水族館?」 「のぞがすきだから。」 「え?」 ―――俺のことがすきなの?両想いってこと……? 咲の顔を凝視していると、咲が慌てたように言い直す。 「のぞは水族館すきだろ?図鑑とかよく見てるじゃん。」 ―――ああ、そっちか。つまんねー……。 「海の生物がすきっていうよりも、憧れがあるだけ。」 「憧れ?」 「俺んちって水着になるの禁止じゃん?だから、そういう水に触れる場所とは縁がなくて……。海も川も湖も行ったことない。」 「じゃあ、海に行く?」 「え?」 「別に水着にならなくても、眺めているだけでいいなら。電車で行けるとこ探しとく。のぞは恵さんに行っていいか確認取って。」 「いいの?見てるだけとかつまんなくない?」 「行きたいんだろ?」 「うん!!行きたい!!」 俺が元気よく答えると、咲の目尻が優しく細まる。 ふたりで海に向けて計画を立てながら、これから始まる夏休みに胸が躍る。 「夏休み始まってすぐに合宿だから、その次の週にしよっか?胡蝶家の旅行は8月入ってからだよね?」 「ねえ、合宿って何すんの?」 「普通に練習だと思うけど、他校も同じ宿舎使うから練習試合とかはできるみたい。」 「……女子も来る?」 「え?知らない。女バスとは別れてるし、用もないのに喋らないから。」 「合同でレクとかやるのかな?」 「レク?」 「お化け屋敷とか、小学校の時の林間学校でやったじゃん?楽しかったよなー。」 「のぞはお化け屋敷苦手だろ?ずっと俺の背中にくっ付いてた癖に、なに言ってんの?」 「いいなー。俺も参加したい。枕投げとか超楽しそうじゃん?」 「みんな疲れ切ってすぐ寝るのがオチだと思う。」 「張り切り過ぎて怪我すんなよ?」 「夏休みだからって、遅くまでフラフラ出歩くなよ?」 「はいはい。」 心配そうな咲に適当に頷きながら、俺も心配が止まらない。 他校とも親睦深めちゃいそうだし、女子が同じ宿舎だったら絶対好きになっちゃうじゃん。 「咲、私服どれ着るの?」 「私服?いつもと変わらないけど。」 「俺が選ぶね。」 「え?」 「俺が選ぶからね。」 「あー、うん。」 咲が不審そうに見つめてくるが、背に腹は代えられない。 超絶ダサいのを着てもらって、バスケで見せる格好良さを地の底まで落とさなくてはいけない。 ―――絶対に、変な女が寄ってこないようにしなければ……。 ニコニコと表面上は笑顔を繕いながら、心の中はどす黒い感情で埋まっていた。
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