蛇に睨まれたオオカミ

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「今野~?お前、抜いてたろ?」 「抜いてない。」 「まあまあ、これでも見て予習しようぜ。」 「何コレ?」 手渡されたAVを見ると、似合わないスカート姿の男が困り顔でこちらを見つめていた。 のぞ以外の女装なんてキショいだけで、大好きなはずの困り顔が少しも刺さらない。 「女装子モノ。こういうのは怖くて1人じゃ見れないから。」 「趣味わる。」 「その格好の今野に言われたくないから。」 そう高らかに笑われ、隠し持ってきたノートパソコンにDVDを差し込む。 怖いもの見たさでみんな画面を覗きながらも、1人またひとりと戦線離脱していく。 「……うーん。やっぱ女装してても無理だな?普通に男だわ。」 本番が始まる前にみんな同じ認識で、顔色を悪くしながら鑑賞会は10分もしないうちに呆気なく解散した。 「今野はどうだった?」 「キショいに決まってんだろ。」 「今野で無理なら無理か……。」 「なんで俺が基準なの?」 「だって、愛しののぞみんもギリ男じゃん?」 「あんたはのぞで勃たないの?」 「余裕で勃つ。」 「のぞで変な妄想すんな!」 「お前が聞いたんじゃん?まあ、のぞみんはやっぱり別格なんだよな……。男でありながら、それを全く感じさせない。顔がまず100億点だから、チンコついてるとこをマイナスにしても余裕で抜ける。」 ―――え……?のぞのチンコなんて、マイナスじゃなくてプラスだろ? むしろ触りたいくらいなのにと思いながら、自分のモノを想起してピタッと考え直す。 のぞのチンコを最後に見たのは小4で、俺の中の妄想も同じように幼いまま。 でも、のぞも少しは成長しているはずで、俺のと似たものがぶら下がっているのかと思うとさすがに引く。 ―――のぞのチンコって、どんな感じなんだ……? あの顔に似つかわしいモノしか妄想できてなかったけれど、のぞのも大人になっているはず。 だとしたら、やっぱりマイナスになるのかな? そんなことを悶々と考えながら布団を被っていると、周りからはすぐに寝息が聞こえてくる。 スマホで時刻を確認すると、まだ0時を過ぎた程度。 いつもなら余裕で起きている時間だから、身体は疲れていても眠気はない。 眠くもないのに布団に入らなければいけないなんて、拷問すぎる。 集団生活が苦手過ぎる自分に嫌気がさしていると、握っていたスマホが震えだした。 ディスプレイを確認すると、のぞの文字。 いつもならとっくに眠っている時間だから、慌てて通話ボタンを押しながらトイレに駆け込む。 「どしたの!?なんかあった?」 「あ、ごめん……なんか眠れなくて。咲と話したら寝れるかなって、ごめんね。疲れてんのに。」 「別に大丈夫。起きてたから。」 何もなかったことに安堵しながら、スマホを抱え直す。 「……咲。」 「ん?」 「やっぱ、咲がいないのちょびっと寂しい……かも。」 囁くような声が耳の奥に響き、掠れた声色にドキッとした。 「……そう。」 ゴールデンウィークには連絡をガン無視されていたけれど、本来ののぞは甘えたの寂しがり屋。 「寂しくない。」と言われて俺が寂しいくらいだったけれど、沈んだ声に胸が高鳴る。 「……なんで咲は嬉しそうなの?」 不貞腐れた言葉に思わず笑い声が漏れると、のぞの機嫌が急降下する。 かわいすぎる声に、どんな表情をしているのか想像して口元が弛む。 ―――会いたいな……。 「……会いたい。」 「え?」 「咲に会いたくなっちゃった。」 同じことを考えていたのかと思うとうれしくて、愛おしくて、今すぐにでも抱きしめたい。 家にいたら走って会いに行くところだけど、さすがにこの距離では難しい。 「だから、なんで笑ってんだよ?」 「ごめ。」 ―――だって、すげえ嬉しくて……。 のぞが俺に会いたがるなんて、夢のようだ。 今までずっと傍にいたから、こんなに長い時間離れるのは初めての経験。 足元がうずうずして、同じ場所にいるのが落ち着かない。 「……笑うなよ。もういい。切るから。」 「待って!」 「何?」 「顔見たい。」 「無理。」 「なんで?」 「……顔のコンディション最悪だから。」 「なにそれ?のぞはいつだってかわいいよ。」 そう言うと、すぐにテレビ電話に切り替わる。 さっきの笑顔が嘘のように、いつも澄んだ白目が赤く染まり、潤んだ瞳にはうっすら涙が溜まっている。 うす暗い室内でも分かるその姿に、無意識に目尻に手を伸ばす。 「……泣いてた?」 「だって……寂しかったんだもん。」 瞬きとともに大きな瞳から涙が零れて、かわいすぎて直視できない。 腕で顔を覆いながら、気持ちが悪いくらいにニヤ付いた表情を必死で抑える。 ―――かわいすぎて、今すぐ抱きしめたい……!! 「咲……。」 「ん?」 「何時に帰ってくる?」 「24日の夕方の予定。」 「待てない。」 「お土産買ってくから。のぞの誕生日プレゼント、何がいいか考えておいて。」 「いらない。なんもいらない。」 「のぞ?」 「なんもいらないから、帰ってきて。今すぐに咲に会いたいの。」 泣きながらお願いされて、胸が満たされすぎて破裂しそう。 ぎゅっと前屈みになりながら胸を抑えると、鼻まで赤くしたのぞが泣きながら見つめてくる。 ―――かわいい。すげえかわいい!!嬉しすぎて死にそう……!! 「もう、笑うなって!!」 「ご、ごめん。」 「咲は寂しくないの?」 「寂しいよ。」 「嘘。ずっと笑ってんじゃん。朝から晩までバスケできて楽しいんだろ?」 「のぞいないのはつまんない。」 「……じゃあ、俺が寝るまで喋ってて。」 「絵本の読み聞かせでもする?」 「……バスケの話して。」 「バスケ?」 「咲の引き出しそれしかないじゃん?バスケ馬鹿だし。」 「のぞが俺をバスケ馬鹿にしたんだろ?」 「俺?」 「バスケ上手いって褒めてくれたじゃん。」 「え?まさか俺が褒めたからずっとやってんの?」 「のぞに勝てることコレしかない。のぞはなんでもできるけど、バスケだけは俺の方が上手かったから。だから、これだけは手放したくない。」 「別に、バスケができるから咲に価値があるわけではないよ。」 「え?じゃあ、俺が何にのぞに勝てる?」 「腕力。」 「はっはは。のぞは腕の力ないもんね?華奢すぎて、俺と同じ男じゃないみたい。」 「ひどっ!!俺にだって立派なのついてる!!」 「……ふーん。」 「あ、馬鹿にしたな?」 「してないよ。立派なのついてんだろ?」 「見せてやろうか?」 「え?」 「一緒に風呂入ってた時より成長したし……。」 ―――やっぱり、のぞも成長してんのか……。 「その代わり、咲のも見せてね?」 「は?」 「どっちが大きいか勝負しよ?」 そう言ってにっこり微笑むのぞの顔に、なぜかいつものかわいさがない。 のぞの笑顔なんてかわいさの塊のはずなのに、大人びた表情に胸がざわつく。 「……無理。」 「自信ないの?デカい図体してちっちゃいの?」 「そういうことじゃなくて……。」 ―――のぞに見せること考えたら、絶対に勃つ!!ていうか既に半勃ちだし……。 「ねえ、咲の見せて?おっきいんだろ?」 ―――いや、エロすぎて無理。今のでもう完勃ちしたし……。 「咲?聞こえてる~?」 「じゃあ、先に……のぞの見せて?」 「え?」 「のぞの見たい。」 妄想だけでは補えきれない部分に、ドクンドクンと心臓の鼓動とともに熱が上がる。 画面上では見えないのに、視線が自然と下に向かう。 こっそり録画ボタンを押して待機していると、のぞが俯きながら睨んできた。 「……えっち。」 「え?」 「プライベートゾーンは見せないんだろ?」 「……あっそ。」 ―――なんだよ、冗談かよ!!期待しちゃったじゃん!! 落胆と安心と色んな感情がごちゃ混ぜになっていると、小さなノック音にドアを開ける。 半目の先輩にトイレを譲り、音を立てないように廊下に出た。 「何?マジで見たかったの?」 「見たくない。どうせ俺のと同じだろ?」 「じゃあ、一緒にお風呂入る?」 「え?」 「お泊り会した時とか。」 「……まだ諦めてなかったの?」 「俺小さいからまだイケるって。」 「小さくない。平均だろ?ベッド狭いから無理だって。」 「ケチ。」 廊下を抜けて外の扉を開けると、涼しい風がシャツの中をふわっと通り抜ける。 地元では熱帯夜が続いているはずだけれど、ここは陽が落ちると肌寒いくらいだった。 じっとしていると寒いから、自然と歩みが速くなる。 街灯が少ないのに、その分空が眩しかった。 びっしりと敷き詰められた星々を見上げながら、木々の擦れる音が気持ちがいい。 「今どこいんの?」 「さっきまでトイレで、今は外出た。」 「……さすがに怒られるんじゃない?」 「別にいいよ。走り込みとかなら自主練になるし。」 「メンタル厳つい。」 のぞの瞼が下がってきて、今にもくっつきそうになりながら俺を見つめている。 「のぞ、眠いんじゃない?」 「ん?」 「欠伸してる。」 「大丈夫。」 「目が半分になってるよ。」 「ま……だ寝ない。」 「眠いんだろ?」 「……ううん。咲と喋ってる。」 「のぞが寝るまで見てるから。」 「ん……。」 「のぞ、おやすみ。」 「さ……き。」 「ん?」 「だ、いす……き。」 きが終わらないうちにのぞの瞼が落ちて、健やかな寝顔がドアップで映る。 「寝言かよ……。」 規則正しい寝息をたてながら、小さなのぞの頭を撫でる。 スマホでは物足りなくて、早く本物に触れたくて堪らない。 腕の中でぎゅっと抱きしめて、嬉しそうに笑うのぞの顔に会いたい。 「俺もだいすきだよ。」 のぞの額に軽くキスをしてから、空を見上げる。 プラネタリウムじゃ物足りなくなってしまうような、美しすぎる星の煌めきにため息が漏れた。 ―――この景色、のぞに見せてあげたいな……。 最新機種でも、肉眼の世界には劣る。 何度か星空の写真を収めてから、最後には諦めて芝生に転がった。 頭上に広がる星の瞬きを眺めながら、のぞの顔を思い出していた。
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