蛇に睨まれたオオカミ

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田中 いつものようにテニス部に顔を出すと、なぜかのぞみんがベンチで寛いでいた。 また今野と痴話げんかでもしているのかと思ったが、目の下に酷いクマがあるのに気がついて慌てて駆け寄る。 「大丈夫?寝てないの?」 「……咲が合宿だから。」 ―――今野が合宿だと、なんでのぞみんが寝れないの……? 理由になっていない気がするが、のぞみん相手に普通を求めても仕方がない。 着替えるのは諦めて、のぞみんの横に腰をかける。 「今野いつ帰ってくんの?」 「24日。」 「……大丈夫?」 「何が?」 「死んだ目してんじゃん。」 「寝不足なだけ。」 「こんなとこ来ないで、家帰って寝れば?」 「ベッドにいてもどうせ眠れない。」 そう言いながら、俺の肩に平気で頭を乗せてくる。 「俺これから部活なんだけど?」 「ん。」 「うんじゃなくて……。」 「俺の枕になって。」 「無理。」 「ケチ。」 のぞみんの頭を起こすと、座っているのも辛い様子でスマホをじっと見つめている。 「マジで大丈夫?」 「うん。」 「ずっと寝てないの?」 「……寂しくて。」 「今野に言えって。」 「言った。」 「え?」 「夜になるとすげえ寂しくて、電話しながら泣いちゃった。でも、咲に笑われたから……もう、電話できない。キショいから。」 「……確認なんだけど、今野と付き合ってる?」 「え?」 「いや、すげえ仲いいじゃん……。」 「ふ、普通だよ?幼馴染だから距離がちょっと近いだけ!!咲は巨乳がすきだし!!」 「今野が巨乳好き?あー……まあ、俺はどっちでもいいわ。」 付き合っていようが友達だろうが、両思いには変わらない。 その2人の関係に口を出す気はないが、今にも倒れそうなのぞみんをここに置き去りにするのは怖すぎる。 「膝、貸してやるから。」 「え?」 「今日サボるわ。」 「さすが田中くんだ。」 そう言うと、俺の腰に抱き付きながら瞼を閉じる。 人の温もりに安心するタイプなのか、背中をトントンしていると年の離れた弟の顔を思い出す。 「マジで危機感ないなー……。」 寝顔をパシャっと写真に収めて、のぞみんのスマホに送る。 そのままのぞみんが握りしめたスマホを拝借して、LINEの一番上にある今野に写真を送った。 すると、秒で既読がついて電話が鳴る。 「もしもし?」 「お前、誰だ?」 「のぞみんに膝をお貸ししてる同クラの田中くんです。」 「はあ?のぞ、家にいないの?出掛けるなんて聞いてない!」 「いや、俺に怒られても……。誰かさんのお陰でクマが酷くて、テニス部で寝かしつけてる。」 「不必要に触ったら殺すから。」 「今野は元気そうだな?」 「のぞ、大丈夫なの?」 「スマホ握りしめながら寝た。」 「あ~~……熱中症怖いから、飲み物だけはちゃんと飲ませて。のぞ汗かきにくい体質で、冷房のない部屋は無理だから。暑い時間には絶対に外ださないで。」 「はいはい。夕方になったら、責任もっておうちまで送り届けます。」 「小河原先生いるんだよな?」 「おがっち?まあ、顧問だからな。」 やたら信頼を寄せているおがっちの話をしていると、部室に本人が顔を出した。 「田中、練習サボって何してる?」 「のぞみんに膝貸してまーす。で、旦那と通話中。」 そんな話をしていると、気がつけば通話が切れていた。 ―――どいつもこいつも、勝手すぎるな……? 「なんで胡蝶がここに?」 「今野が合宿だから。」 「あー……。」 「寂しくてひとりじゃ眠れないんだって。うさぎさんかよ。かわいすぎか?」 「いいお兄ちゃんやってるじゃないか?」 「ご存じの通り、同クラなんで。」 「そうか。じゃ、頼んだぞ。」 「いや、今野じゃないんで、そんなに信用されても困るし。」 「田中は面倒見いいから。」 「そんなこと言って、体よくのぞみん押し付けてるくせに?」 「胡蝶がお前がいいっていうんだから、我慢しろ。」 「俺は今野の代打。本命じゃない。」 「あ、胡蝶は起こすなよ。」 「え?なんで?」 「無理やり起こすと……その、キスされるらしい。」 「え?」 「本人が言ってた。小学校でやらかしたって。」 「のぞみん……マジで何してんの?」 のぞみんのエピソードを掘り下げていけば、怖いモノしか出てこない。 こんなに気が弛んでいるんだから、今野も家族も本人に厳重注意くらい必要な気がするのに……。 ―――甘やかされてんなあ……。まあ、俺も甘やかしてるから同罪か? 「俺に聞くな。胡蝶のことは今野に聞け。本人に聞いても無駄だから。」 「だって、俺は今野に嫌われてるし?」 「今野は胡蝶以外に興味ないだけだろ?」 「2人ってマジで付き合ってないの?」 「俺が知るわけねえだろ?」 「昨日の夜、寂しくて泣きながら電話しちゃったんだって。この子、見た目も中身もかわいすぎない?」 「それ……もう彼女じゃん。」 ふたりで笑いながら、のぞみんの寝顔を見つめる。 おがっちも自分の子供でも見ている気分なのか、やたら優しいパパの目をしていた。 「のぞみんが寂しいって言ったら、今野に笑われたって拗ねてた。」 「惚気てる自覚ないんだろうな……。」 「マジで迷惑。」 「ま、志村の件で3年も大人しくなったし、両思いならどうでもいい。」 「犯人は今野だって知ってて、お咎めなし?」 「被害届だされたら対処するだろうけど、志村は口を割らないし。」 「あいつ、のぞみんに何したの?」 「わからん。胡蝶も何も言わなかった。」 「ま、今野がキレるくらいのことしたんだから、やられて当然だと思う。」 「お陰でみんな大人しくなった。」 「のぞみんも逃げる必要なくなったしね。」 「お前も知ってんのか?」 「たまたま見かけちゃって……。」 「そうか。」 「職員室にでも逃げ込めばいいのにね。」 「胡蝶、プライド高そうだからな。」 「見て?すっげえかわいい寝顔。キスしても起きなさそうじゃん。」 「岸田と今野にチクる。」 「マジ勘弁。」 「じゃあ、よろしく。」 「見張っとかなくていいの?」 「頼んだぞ。」 「はいはい。」 おがっちに念を押され、仕方なく腰に回された腕を解き、ジャージを枕にのぞみんの頭を動かす。 余程熟睡しているのか、されるがままののぞみんを見下ろして心配になる。 ―――この子、このままで大丈夫なの……?
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