蛇に睨まれたオオカミ

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「今日は1人?」 「あ、昨日の……。」 昨日と同じようにゲーセンでぬいぐるみを狙っていると、見た顔に声をかけられた。 昨日は制服姿だったのに、今日は緩い私服姿。 緩くあいた首元には、昨日よりも濃い痕が刻まれている。 ―――やっぱり、彼女いるんだよな……? 「覚えててくれて嬉しい。」 「どうも。」 人のモノに露ほどの興味もなく、ぬいぐるみをじっと見つめる。 教えてもらったようにアームを動かしているつもりが、微妙に先端がズレてしまう。 もう少しと思いながらやっているうちに、千円札がまた数枚羽ばたこうとしていた。 「よく来るの?」 「普段来ないけど……。お兄さんは高校生?」 「高3。」 「へえ、受験生じゃん。予備校とかいいの?」 「怠いからサボり。君は部活ないの?」 「暑いからサボり。」 そう言って笑うと、昨日はしてなかった口元のピアスがすこし上がる。 「ええと……中学生?」 「中1。」 「てことはまだ12歳?若いね。で、昨日のイケメンは彼氏?」 「え……いや、兄貴。」 「え?全然似てないね?」 「ああ。親が違うから。」 「そうなんだ。」 もう会わないだろうと思うと、会話のハードルも緩む。 咲に言えないこともスルッと話してしまい、それでも男は興味なさそうにアームをじっと見つめていた。 「お兄さん、身長いくつ?」 「んー、170くらいかな……。」 ―――あ、咲と同じくらいだ……。 そう思いながら男に視線を向けると、俺を見つめて目元だけふわっと微笑む。 真顔が冷たすぎるから、少し微笑まれただけでも嬉しくなる。 「また同じの狙ってるの?」 「あー、お揃いにしたくて……。」 「手伝う?」 「いらない。自分でとるから。」 そう宣言すると、もうそれ以上構ってはこない。 それでも、他の男が話しかけにくると、人除けになってくれるのが有難い。 つかず離れずの絶妙な立ち位置で、ちょうど居心地のいい場所にいてくれる。 年上が苦手だと思っていたけれど、こういう気遣いをしてくれる相手は悪くない。 ―――この人、モテるんだろうな……。 陽兄のこちらが恥ずかしくなるような口説きばかり見ているせいか、男の距離感が新鮮だった。 べったりはりつく陽兄とは違って、離れた位置から視線を感じる。 見られてると思うと緊張はするが、悪い気はしない。 「惜しい。もうちょい右。」 「え?こう?」 「いいね。次でとれるよ。」 男の言われた通りにアームを少し動かすと、俺が狙ったところにアームが降りる。 そのままゆらゆらと運ばれていくのを目を凝らして見つめていると、男の笑い声がした。 腕で顔を覆って笑う表情が、テレビ電話をしていた咲の姿に重なる。 ―――やっぱり、咲に似てる気がする……。 「やった!!!!」 ぬいぐるみを取り出して男の目の前に掲げると、俺の頭を大きな手のひらが覆う。 「で、いくら溶かしたの?」 「え?わかんない。」 「無駄遣いしてたら小遣いすぐになくなるだろ?」 「なくなると陽兄がくれるから、なくなったことない。」 「あー、昨日のブラコンの?」 そう言って探るような目つきで見つめてきたから、さっと距離をとる。 「陽兄を悪く言うなよ。」 「あー、君もブラコンか。」 「……うるさいな。」 戦利品を腕に抱えて、時間を確認する。 約束の時間に向かうにはまだ早く、家にぬいぐるみを置きに帰ってからでは間に合わない。 ここにいると有り金ぜんぶ使ってしまいそうだから、さっさと出ないとまずい。 どっかで時間を潰そうかと地図を確認していると、男にスマホを覗かれた。 「どこ行くの?」 「ん?暇つぶしに新宿。」 「それ、俺とどう?」 「え?」 「暇ならうち来ない?」 そう言いながら耳たぶを触られ、窺うように見つめられる。 熱のこもった視線に囚われていると、手に持っていたスマホがブルブル震えだした。 ディスプレイを確認すると、咲の名前。 男を押しのけ、慌てて外に出ながら通話ボタンを押す。 「もしもし!!咲?」 「あ、ごめん。もしかして電車乗ってた?」 「ううん。大丈夫。」 「今日、出掛けるんだろ?もう外いるの?」 「……うん。」 「熱中症警戒アラートでてたから、気を付けてね。」 「うん。咲も冷房のないとこでやってんだろ?」 「俺は慣れてるから。のぞ、今日どこ行くの?」 「え?」 「あー……いや、大丈夫。ごめん。なんでもない。俺、ウザいよな。」 困ったような声で息を吐くから、心配しているのがわかる。 俺が今日誰とナニをするのかなんて、咲が知るわけないのに…… 後ろめたいことをしている自覚はあるから、咄嗟の返答に困ってしまう。 ―――全然ウザくないよ。心配してくれて嬉しい。すごく嬉しい。 「やっぱ、やめようかな……。」 「え?」 「暑いから、家帰る。」 そう言うと、咲のほっとしたような息遣いが聞こえる。 「そっか。じゃあ、また後で電話するね。」 「いいよ。疲れてるだろ?」 「のぞの声聞くと疲れが吹っ飛ぶから。」 「……なにそれ?」 ―――なんで咲はその気なんてないくせに、期待させるようなことばっかり言うんだろう……。 俺が喜ぶ言葉を悪気なく伝えてくるから、期待しそうで怖い。 期待した分ダメだった時の衝撃が大きいから、普通にしててほしいのに…… 咲はズルいよ。 「のぞの声は癒されるから。」 「俺のこと、ペットかなんかだと思ってない?」 「のぞだって、俺のことたまに犬扱いしてる。」 「だって、かわいいんだもん。」 「……か、かわいい?」 「咲、可愛いじゃん。自覚ないの?」 「視力、大丈夫?」 「咲だって、俺のことかわいいって言うじゃん?」 「のぞは誰がどう見てもかわいいじゃん。俺は微塵も可愛くない。」 「顔が?」 「まあ、そうだな。」 「咲の好みってかわいい系なの?」 「は?え、なに……急に?」 「かわいくて小柄で巨乳がタイプなの?」 「だから、巨乳に興味ないって。」 ―――ふーん……。可愛くて小柄は否定しないんだ。 思えば、咲は小さいものがすきだった。 幼稚園の頃はキラキラ光る小さなビー玉を、一番の宝物にしていた。 気に入るキャラクターも小さくてかわいい系が多く、パワー系や格好いいものに嵌ったことはない。 毎年移り変わるヒーローに憧れ、みんなが見えない敵と戦いごっこを繰り広げる中、咲は飽きもせずビー玉を見つめていた。 見えない敵には見向きもしないけれど、目の前に現れた敵からは絶対に守ってくれる。 思えば、俺のヒーローはずっと咲だった。 ―――でも、俺がデカくなったら、守る必要なんてなくなったら、咲の興味も薄れちゃうのかな……? 「てか、俺の好みなんてどうだっていいじゃん。のぞに関係ないだろ?」 うん。俺には関係ないよ。 どうせ、咲の彼女になんて、絶対になれないんだから……。 外だというのに鼻がツンとして、堪えきれずに涙が溢れた。 帽子を目深に被って、歪んだ視界のまま歩き続ける。 肩で大きく息をしながら、歯を食いしばる。 ―――泣くな、弱虫っ!俺はヒロインになれないんだから……!! 「……のぞ?」 「もう電話いらない。」 「え?」 「じゃ。」 何か言いかけた咲の言葉を遮り、そのまま電源ボタンを押した。 憂さ晴らしにセックスする気にはなれなくて、家に帰って母親にいろいろ聞かれるのもウザくて…… 頼りの陽兄は今日は仕事。 ―――誰かに、ハチャメチャに甘やかされたい……。 このまま蹲って大泣きしたいけれど、さすがに人の往来が多すぎる。 色々考えたけれど、気がついたらもう通話ボタンを押していた。 「のぞみん、どした?」 ワンコールを待たずに、電話口から田中のやさしい声が聞こえる。 「田中、どこいる?」 擦れた声でそう尋ねると、田中の息遣いで泣いているのがバレたことが分かる。 「のぞみんはどこいんの?」 「駅前。」 「すぐ行くから、どっか店入ってな。」 「……ごめん。」 「宿題わかんないとこあったから、ちょうどよかった。」 田中の気遣いに感謝して、目をごしごしと擦りながら近場のマックに向かった。 *** 昨日は田中とマックで宿題をこなし、次の日は朝から部活に精を出す。 典型的な中学生の夏休みを送ってみたけれども、相変わらず眠くならないのが不思議だった。 「今野、何時に帰ってくるの?」 「わかんない。高速混んでるみたいで、予定より遅くなりそうって……。」 「で、朝から珍しく部活でて、テニス部来たの?」 「家で大人しく待ってられないから。」 そう言いながら、スマホを見つめる。 最後に会話をしたのは、今から一時間前。 PAでお土産なにがいいかと聞かれたけれど、咲以外欲しいものが浮かばない。 渋滞情報をこまめにチェックしながら、寝不足の頭はパンク寸前で頭痛までしてきた。 今にも気を失いほど身体は疲れているのに、不思議なことになぜか眠れない。 田中の肩に頭を傾けていると、そのまま膝の上に乗せられる。 「大人しく寝なさい。」 そう言ってスマホを取り上げられる。 「田中……。」 「ん?」 「だいすき。」 「はいはい。おやすみ。」 「おやすみ。」 呆れ顔の田中に背中をトントンと叩かれ、気がつけば深い眠りについていた。
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