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入学式からしばらくは健康診断や体力測定などがあり、今週から通常授業が始まった。
最近ようやくクラスメイトと挨拶は交せるようになったが、それ以上の会話が続かない。
教室では既に仲がいいグループが作られてしまい、ぼっちな俺には相変わらず居場所がなかった。
寂しくなるとにっしーにべったりと張り付いて、教室にも職員室にもくっついて歩くが、一度も文句は言われない。
いつも変わらぬ笑顔で話し相手になってくれるから、にっしーの隣は居心地がよかった。
1階には1年の教室がずらっと並んでいて、学年ごとにフロアが決まっている。
にも関わらず、廊下には常にネクタイの色が異なる先輩たちが溢れていた。
―――早速、部活の勧誘かな……?
中学は部活に所属しなければならない決まりで、今朝も正門の前で熱心な勧誘が始まっていた。
咲はバスケで俺は陸上に入部することがほぼ決まっているから、勧誘をされても受け入れる気はない。
先輩に声をかけられてもすべて無視をするよう言われてはいるが、先輩相手に真正面から無視をできる咲とは違い、俺にそんな度胸はない。
声をかけられないよう早足でトイレに向かうと、ポンと肩を叩かれてしまった。
「望海ちゃんだよね?」
振り返ると、見知らぬ3人組の男が立っていた。
ネクタイの色で、3年の先輩だということだけわかる。
「ええと……陸部入るの決めてるんで。」
「やば、すげえ可愛い顔してんね。女の子じゃん。」
「マジで男?ついてんの?」
「普通に男ですけど……。」
「下の毛は生えてんの?」
「は?」
「生理はきた?」
「いや、だから普通に男なんで……。」
「じゃあ精通は?」
「赤ちゃんの作り方知ってる?」
「彼氏いるの?」
「あー……。」
―――すげえ、面倒くせえ……!!!!
ニヤニヤ笑いながら近づいてくるが、どう返せば正解なのか分からない。
小学校の頃にも容姿で弄られることは腐るほどあったが、言葉でというよりも先に手を出されていた。
高学年に上がると女子のような扱いをされることしかなかったから、こういうのは久しぶりだ。
3人組を見つめながら応えかねていると、手首を掴まれた。
「ねえ、見せてよ。」
「なにを?」
「いいから、トイレ行こう?」
「まあ、トイレには行くけど……。」
「連れションしよ?」
「え、なんで?」
「見せ合いっこしようよ。」
―――え、なんでこいつらのを俺が見るの……?
意味が分からない弄りに、頭痛がする。
ついてるか見せろと脱がされた経験はあるが、蛇を見るのはさすがにキモすぎる。
咲に助けを求めようかとポケットに手を突っ込んだが、生憎スマホを置いてきてしまった。
「やだ。」
「なんで?」
「キショいから。」
「キショくないよ。男の子なんでしょ?おそろいじゃん?」
「蛇きらいだもん。」
「蛇なんていないよ。」
ズルズルと引きずられながらも、かかとで突っ張って精一杯の拒否をする。
3人に取り囲まれていると、先輩の後ろに担任のおがっちの顔が見えた。
「あ。」
「お前ら、何してんだ?」
おがっちが腕組みしながら睨むと、先輩はへらへらしながらも頭を下げる。
学年主任を引き受けているベテランの先生で、怒ると鬼のよう。
入学早々に廊下で何度か先輩に激怒している姿を見ているから、最初から苦手意識がある。
―――担任、にっしーだったらよかったのに……。
「げ。おがっちじゃん。」
「志村、高木、上原。ここは1年のフロアだろ?3年は3階。ここに用事なんてないだろうが?」
「ちょっと遊んでただけじゃん。」
「あ?」
「さーせん。」
不貞腐れた表情でおがっちを睨みながら、俺の横を静かに通り過ぎていく。
先輩の背中を見つめていると、おがっちに心配そうに顔を覗き込まれた。
「大丈夫か?」
「え?」
「大丈夫だったのか?」
「だ……大丈夫じゃない!!」
「な、なんかされた!?」
「漏れるから!!トイレ!!」
トイレに駆け込み一命をとりとめると、入り口にはまだおがっちの姿。
俺を一瞥すると、軽いため息を吐きながら見下ろされる。
「大丈夫か?」
「大丈夫。漏らしてないよ。」
「いや……声かけられてんのか?」
「ん?陸部に決めてるから。」
そう笑顔で応えると、深いため息を吐きながら睨まれる。
「さっきみたいに、一緒にトイレ行こうって誘われてる?」
「でも、ちゃんと断った。」
「口で断っても、お前の体格じゃ引っ張られたら負けるだろ?」
「どうせ俺は非力だよ。」
口を尖らせると、笑いながら髪をくしゃっと撫でられた。
おがっちの怒っているところは数えきれないほど見ているけれど、笑っている顔を見たのは初めてだった。
もっと言えば、言葉を交わしたのも今日が初めて。
見た目からとっつきにくい先生だと思っていたけれど、柔らかい表情で見つめる先生に安堵する。
「先生も笑うんだね。もっと怖いと思ってた。」
「え?」
「先輩に怒鳴ってんの何回も見てるから、怖いと思ってた。」
「悪いことするなら誰でも怒るよ。」
「なんで怒ってたの?」
「お前は知らなくていい。」
「いじわる。」
「声かけられても絶対ついて行くな。職員室まで走って来い。」
「廊下を走るなって、いつも怒鳴ってるのに?」
「胡蝶は走っていい。絶対に掴まるな。そこそこ速いんだろ?」
「本気で走ればにっしーにも負けない。」
得意げにそう言うと声をあげて笑うから、最初の印象ががらっと変わる。
「トイレはしばらく職員室横の来賓用のを使いなさい。あそこは入り口に鍵かけられるから。それか今野連れてけ。」
「なんで咲?」
「胡蝶の保護者だろ?」
「咲は友達。」
先生にまでそう見られていることが、なんだか悔しい。
「今野に抱っこされて保健室通ってるのに?」
「なんで知ってんの?」
「しょっちゅう見るから。」
「だって、眠くなるんだもん。」
「……赤ちゃんかよ。」
「咲の匂い嗅いでると、眠くならない?」
「……今野の匂いなんて分かるわけないだろ?」
「咲の匂いって安心する。」
「夜、眠れてないのか?」
「なんか、ずっと眠くて。」
「成長期だから?」
「先に謝っておくけど、キスしたらごめんね?」
「は?」
俺を見つめて強張った顔で見つめてくるから、説明を加える。
「寝てる時に無理やり起こされると、キスする癖があるみたいで。怒んないでね。意識ないから。」
「速攻直せ。」
「無理。覚えてないもん。」
「じゃあ、教室では絶対に寝るな。」
「だから咲がいつも保健室まで運んでくれる。かやちゃんは俺のこと起こさないから。」
「やっぱり、今野は保護者じゃないか……。」
―――先生から見ても、咲は友達に見えないんだ……。
なんだか寂しくて、居た堪れなくなる。
咲まで友達でなくなってしまったら、俺の居場所がなくなってしまう。
最近なんだか距離を感じるから、もしかしたら本当に友達を辞めたがっているのかもしれない。
「確かに友達じゃないかも?俺たち、全然平等じゃないから。」
「今野も別に嫌々やってないだろ?」
「でも、面倒だとは思ってると思うよ。よく怒られるし、すげえ睨まれる。」
「本当に仲いいんだな?」
おがっちがなんだかうれしそうに俺を見つめてくるから、気持ちが弛んだ。
「うん。だいすき。」
「え?」
思わずスルッと言葉にでてしまい、それを今更取り繕ったところでこの人は騙せそうにない。
俺のことをまっすぐ見つめる視線を見つめ返しながら、おがっちの唇の前に人差し指をぶつける。
「内緒ね?」
「お前、自覚あるのか?」
「……自覚?」
「ないよな。分かってる。とりあえず胡蝶は、男に声かけられたら即逃げろ。」
「走ればいいの?」
「全速力で。」
「鬼ごっこ嫌いなんだけど……。」
「フワフワしてんな……。」
頭を抱えながらため息を吐かれて、じろっと睨まれる。
「あ、コレは地毛だから染めてないよ?うちの母親ハーフだから。」
「お前の顔を見ればそんなこと分かる。いいから、さっさと教室戻りなさい。」
「先生、心配してくれてありがと。」
「心配させない努力をしてくれ。」
「だいすき。」
「は?」
「先生もだいすき。」
おがっちの腰に抱き付くと、直立不動で固まったおがっちに真顔で見下ろされる。
「他の教師にもこんなことしてんのか?」
「にっしーとかやちゃんに。」
「まあ、その2人なら問題ないか。」
「うん。」
並んで廊下を歩いていると、予鈴が鳴った。
「ほら、急げよ。」と手で追い払われたから、ウインクを飛ばして小走りに教室を目指した。
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