蛇に睨まれたオオカミ

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「ねえ、花火大会行かない?」 夏休みの宿題を宣言通り2日で終わらせ、後はだらだら過ごすんだとメリハリのある目標を掲げていたのぞが、瞳をキラキラ輝かせながら尋ねてきた。 「えー、暑いし人多いからいいよ。夜だと危ないじゃん?」 花火大会なんて、父親に連れられて幼稚園の頃に一度だけ行ったっきり。 その思い出も、楽しいよりも疲れたが勝っていた。 毎年この時期に地元で行われる花火大会は、隣の市と合同で開催されていて、見応えはあるが人の多さが半端ではない。 水面に映る花火はどれもキレイで、腹に響くような音も迫力があった。 でも、その余韻に浸る暇もなく、すぐに現実に引き戻される。 見学を終えてから家に帰る人で最寄り駅はごった返し、満員電車に乗るくらいなら歩いた方がいいという父親に連れられ、目を擦りながら1時間以上も歩かされた。 あれは人混みが苦手な俺からすると、拷問に近い。 「咲は合宿で思い出作ったかもしれないけど、俺は夏休み何もしてない。」 「海行ったろ?」 「あー、見ただけね。」 「家族旅行は?」 「ずっと引きこもりで部屋風呂だし、ダラダラしてただけ。」 「ゆっくりできたんだろ?」 「陽兄も瑠海姉も仕事で行けないから、クソつまらん。ソシャゲのレベルが上がったくらい。」 「露天風呂付きの豪華な部屋に泊まっておいてよく言うよ。一泊いくらすると思ってんの?」 「あんなの家にいるのとなんも変わんない。咲と海行った方が楽しかった。来年は咲も一緒に行こうよ!」 「無理だって。うちはのぞんとこみたいに裕福じゃない。」 「咲だけ来れば?」 「胡蝶家の夏のイベントに俺が混ざるの?」 「問題ないよ。」 「いや、問題しかない。家族水入らずのところをお邪魔するのは申し訳ないし……。」 「咲なんて家族みたいなもんじゃん?一緒にお風呂入って枕投げしよ?」 「却下。」 先週出掛けた家族旅行では、誰もが羨むような和洋室の広々とした部屋で、つまらなそうなのぞの自撮りが送られてきた。 美味しそうな船盛りも露天風呂付きの客室も、のぞにとっては特別ではない。 一般家庭が大奮発で連れていくような場所に、のぞは小さい時から何度も訪れているから。 年の離れた末っ子を溺愛するあまり、財布のひもが緩みっぱなしの親と兄弟がいるから、のぞの普通は普通からかなり外れたところにあった。 その分、のぞは我慢もしていることを知っている。 どこに行くにもGPSと防犯ブザーを持たされ、のぞの行動は常に親の管理下にある。 思春期に足を踏み入れたのぞが、親の管理下にいることをうざったく思っているのは百も承知。 その生活が窮屈なのは分かってはいるが、安全第一と真顔で話すご家族に俺は大賛成だ。 「もういい!」 「諦めたの?」 「しょうがないから田中と行く。田中がダメならクラ……。」 「いつ?」 「今週の土曜日の19時からだって。」 「出歩けるのは20時までだから、花火途中でも帰るよ?あと打ち上げ会場までは行かない。駅大混雑ではぐれると困るから、歩いて帰れるとこまでな。」 注意事項を伝えても、のぞの頭には行けるという情報しか入っていなさそうだ。 海を見ていた時と同じ表情で、身体を小刻みに揺らしながらじっと俺を見つめている。 その表情をみているだけで、人ごみの鬱陶しさが消し飛んでしまう。 「一緒に行ってくれるの?」 「恵さんがオッケーしたらだからね?」 「うん!楽しみだね!!」 そう言っていつものように首に抱き付くと、そのままベッドに転がされる。 げんなりしながらのぞの腕をほどき、大人しくベッドを降りる。 いつまでこの激しすぎるスキンシップが続くのかと思うと、自分の理性の欠片が離れないようにと切に願う。
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