蛇に睨まれたオオカミ

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「のぞ、浴衣なの?」 「あー、母さんが着てけって。咲はどうせ私服だろうから嫌だって言ったんだけど……。」 ―――恵さん、マジで神!!!! 淡い鼠色の浴衣に、深みのある暗緑色の帯。 のぞの白い肌や瞳の色に合っていて、とても様になっていた。 のぞの和装なんて初めて見たから、見惚れるだけで言葉が続かない。 浴衣のお陰でしっかり男に見えるのに、淡泊な色合いにも関わらず華やかに見える。 「なんか、言えよ。」 「いや……いいと思う。すげえ似合ってる。写真撮っていい?」 「あー、うん。」 のぞの浴衣姿にテンションが上がり、ここぞとばかりに写真を撮りまくる。 うなじがいい感じにあいていて、色気がある。 でも誰かに見せたくはなくて、タオルを首に引っ掛けた。 「ダサくね?」 「のぞはダサいくらいでちょうどいい。」 家から徒歩15分くらいにある神社に辿り着いた。 毎年初詣に訪れるその場所に近づくにつれて、軽快な笛や太鼓の音が気分を上げる。 小さな神社にも関わらず、花火大会に合わせて縁日が開かれているようで、小さな境内が出店で埋まっていた。 会場よりはだいぶましだろうけれど、思ったよりも人が多い。 俺の隣で半開きの口のまま瞳をキラキラと輝かせるのぞを見つめて、手首を掴んでお面屋に直行する。 子供の頃に流行っていた仮面ライダーやウルトラマンなどのヒーローもの、女児向けのプリンセスやプリキュアのお面が所狭しと並んでいた。 その中から白狐のお面を見つけて、のぞに合わせる。 子供用だから小さいかと思ったけれど、のぞにはこの大きさでちょうどいい。 浴衣だからいつも被っているキャップもないし、のぞの顔が丸見えなのは色んな意味で危険すぎる。 「これ、被ってて。」 「いや、穴小さすぎて前見えないんだけど?」 「だからちょうどいい。」 「何が?」 のぞと手を繋げる理由ができる。 すこし汗ばんだ手を引くと、のぞもゆっくりと歩き出す。 下駄だから砂利の敷き詰められた境内は少し歩きにくそうだけれど、見えていない割に軽快に歩き進める。 「大丈夫?」 「うん。」 「歩きにくい?」 「咲と手繋いでたら、目閉じてても平気。」 そう言っていつもの柔らかな声を出すから、お面を被っていて正解。 のぞのかわいい顔は見せたくないし、俺の照れた表情も見せずに済むから。 「結構人いるな。」 「同じ学校のやついても、こんだけ人いたら分かんねえな。」 「あいつ来てんの?」 「田中のこと?彼女と来るって言ってた。神社来るのか会場行くのかは聞いてないけど……。」 「ふーん。」 せっかくののぞの浴衣姿、誰にも見せたくない。 独り占めしたい狭い心が、ムクムクと大きくなる。 「羨ましい?」 「何が?」 「彼女と花火なんてアオハルな感じするじゃん?」 「別に。」 「俺たちは男同士で花火見るのか~とか思わない?」 「別に思わないけど……え、のぞは思うの?」 「思わない。」 「そっか。」 のぞの言葉に安心しながら、指に力を込める。 俺にとっては、これこそがアオハルだ。 「わあ~~~!あんず飴ある!!」 「あっちにクレープもあったよ。りんご飴とカステラはお土産に買ってこうか?」 そう提案すると、のぞが待ちきれないようにその場で飛び跳ねる。 お面の下でどんな表情をしているのか想像するだけで、嬉しくなる。 「屋台ってテンション上がるよな?お祭りだいすき!」 「前にも来たことある?」 「幼稚園の時に陽兄と1回だけ。楽しくて迷子になったから、次はダメだって言われちゃった。」 「そっか。」 悲しそうに笑うのぞの横顔を、お面の隙間から垣間見る。 今日はいい思い出にしないと、と意気込みながら屋台を見渡す。 「咲はなに食う?あっちにたこ焼きあったよ。俺あんず飴行くから、咲はたこ焼き並んだら?」 「あー、俺はいいや。」 カラオケの時のように、誰かに見つかってふたりきりの時間を台無しにされたくはない。 それに、いくらお面をしているからと言っても、のぞはのぞだ。 「じゃ、たこ焼き並ぼうぜ。」 そう言って手を引かれて、たこ焼きの列に並ぶ。 「のぞは?」 「たこ焼きとラムネ。」 「あんず飴でいいよ?あっちに一緒に並ぼう?」 「たこ焼きの気分なの。」 「猫舌なのに?」 驚きながらのぞを見つめると、元気よく頷きながら腕を絡める。 手を繋いでいた時よりも、距離が近い。 俺の腕に掴まりながらそっぽを向いているのぞの視線を追うと、短髪の黒髪の男に辿りついた。 ―――のぞの友達かな……? 背は俺と同じくらいで、耳にはシルバーのピアスが目立つから、とても中学生には見えない。 横顔がちらっと見えたが、やけに冷たそうな瞳が印象的で鳥肌がたつ。 俺が男を見つめていることに気がつくと、のぞがやたら饒舌に話しだすからなんだか怪しい。 ―――もしかして、あいつがゲーセンでのぞに声かけた男か? のぞが言っていたピアス男を思い出し、男をもう一度見つめる。 隣には浴衣を着た女子を連れていて、腰に馴れ馴れしく手を回している。 口元には薄い笑みを浮かべているが、すこしも目が笑っていない。 俺の視線に気がつくと、冷たい瞳でじっと探るように睨んでくる。 なんだか逸らしたら負けな気がして負けじと睨み返すと、のぞの背中を見つめてから笑みを濃くした。 背筋が冷たくなるような感覚に、咄嗟にのぞの腕を引いて背中で隠す。 ―――なんだ、あいつ……?すげえ気色悪い。 得体の知れないものに触れてしまったような、妙な胸騒ぎがした。 ちらっと振り返ると、男の姿はもう消えている。 安心感でどっと疲れながら、額を拭った。 「咲、どうしたの?」 「なんでもない。」 のぞには何も言えなくて、恐怖心を拭うように指をしっかりと絡ませた。 「めっちゃおまけしてもらえたね。ラッキー!」 「なんでいちいちお面とるの?」 「顔見せたら、おまけしてもらえるから。」 そう言って微笑むのぞの隣で、俺は深いため息を吐く。 カツオ節が揺れる熱々のたこ焼きを手に、人目に付きずらい端の石段に腰を下ろした。 人の行き来を横目で追いながら、先ほどの男の姿がないか忙しなく視線を動かす。 「誰か探してんの?」 「いや、別に……。」 「あっつ!」 熱々のたこ焼きを口に含むと思い切り咽るから、慌ててのぞの頬を両手で覆う。 「ちょ、なにしてんの?口開けて!!」 のぞの口を開けさせると、口内から湯気がこぼれる。 口の中に指を突っ込みながら、爛れた様子がないことを確認して安堵した。 でも、唾液に満ちた口内を至近距離で見つめていることに気がついて、慌てて手を離す。 「……火傷はしてないみたい。」 「ちょっと熱かっただけだし。」 「猫舌なんだから気を付けろよ。」 「じゃあ、咲が責任もってフーフーして。」 「え?」 俺に容器を押し付けてくるから、仕方なく少しだけ穴をあけて息を吹きかける。 何度も息を吹きかけながら、のぞを見つめる。 傾けたラムネの玉が転がる様子をじっと見つめていると、俺のことを見つめて噴きだした。 「そんなに欲しいの?」 「え?」 「物欲しそうな顔で見てるから。」 そう言ってラムネを手渡され、特に飲みたくもないが一応口を付ける。 久しぶりに感じる炭酸に顔を顰めると、目の前のビー玉がキラッと揺れる。 ―――俺、そんなに欲しそうな顔してんのか……? 「咲ってビー玉好きだったよな?」 「……そうだっけ?」 子どもの頃の記憶なんてほとんど残っていないけれど、のぞと一緒にいたことだけは覚えている。 ビー玉のキラキラした透明感は、のぞの瞳を連想させた。 普段俺が見ている世界が、ビー玉の中では違う顔を見せる。 「のぞの見ている世界を俺も見たかった。」なんて言ったら、あまりにもすきが溢れすぎている気がするから誤魔化すしかない。 「みんなが戦いごっこしてんのに、1人だけぼーっとしてた。」 「あんまヒーローものに嵌らなかったし、あの頃からテレビ見なかったから。」 「咲自身がヒーローみたいなもんだもんね?」 「え?」 「絶対に助けてくれるじゃん。」 穢れを知らない天使のように可愛い顔で微笑まれて、胸が痛む。 正義のヒーローなんて格好いい名前じゃなくて、俺がのぞを守るのは醜い独占欲と嫉妬心。 俺がしたくてもできないことをしているクソガキに腹が立って、のぞを泣かせる奴らで憂さ晴らししてただけ。 のぞに格好いいって思ってほしくて、傍において欲しくて優しくしてるだけ。 本音を言えばのぞが泣いても怒っても、自分の欲をぶつけたいって思ってる。 嫌われたくないから臆病なだけで、下心があるから優しくしているだけで…… こんな最低な俺が、ヒーローなわけがない。 ―――助ける理由がのぞのためではなく、自分のために変わったのはいつだろう? 「そう見えるとしたら、のぞがヒロインだからじゃん?」 「俺はヒロインなんかじゃない!!」 いつもの柔らかい声ではなく、急に怒鳴られて面をくらう。 女扱いしてしまったことを怒っているのかと思い、バツが悪そうに俯くのぞに慌てて謝る。 「ご、ごめん。女扱いして……。」 「俺、かわいくないもん。」 「え?のぞはかわいいだろ?」 意味が分からず覗き込むと、首筋まで真っ赤に染めて自分の手を見つめていた。 ―――怒っているのかと思っていたのに、なんか照れる要素あった……? 頭を傾げながらも、ガチガチに硬くなっているのぞが愛らしい。 思わず吹き出すと、怒ったのぞにグーで殴られる。 「笑うな!!」 「ごめん。ほら、冷めたから。あーん。」 のぞの口の中に大きすぎるたこ焼きを放り込むと、怒りが笑顔に変わる。 「うま!!」 頬を膨らませながら食べる姿がかわいくて、思わずカメラを向ける。 「咲って写真撮るのすきだよな?」 「え?」 「俺の写真ばっか撮ってどうすんの?」 ―――今夜のオカズにします……。 そんなことは口が裂けても言えないから、下手な笑顔を浮かべるしかない。 俺に向かって満面の笑みを向けてくるのぞの表情を、壊したくない。 今まで積み重ねてきた信頼と友情を、崩したくない。 このまま、ずっとこのまま…… 変わらぬ笑顔を見せて欲しいから。
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