蛇に睨まれたオオカミ

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望海 ―――あれから、咲が全然手を出してくれない……。 花火大会の日、初めて咲が触れてくれた。 嬉しくて、嬉しくて…… 俺たちの関係が進展する気がして、次の展開を期待してしまう。 いつ続きをしてくれるのかと期待して待っているのに、咲はあの時のことなんてなかったかのように平然としている。 ベッドで寝転びじゃれてみても、この前のような雰囲気になることはなく、期待しては裏切られる。 毎日その繰り返しで、いい加減俺も疲れてきてしまった。 ―――咲はなんだかぼんやりしてたし、暑さで頭がおかしくなってただけ……? たこ焼きを食べている時も浴衣女子を真剣な目つきで追っていたから、見慣れぬ浴衣姿にクラッとしただけ? 俺に向けられた性欲ではなく、ただ溜まっていただけなのか……? ひとりで悶々としていても、答えは出ない。 でも、この炎天下の中に走り込みに行った背中を、しつこく追い駆ける勇気はない。 告られたわけでもないし、咲の大好きなおっぱいもない。 ―――もう、触ってはくれないのかな……? 自分があげた戦利品を胸に抱えながら、スマホを確認する。 咲からの連絡はなにもないまま、既に1時間以上は経過している。 咲の家なのに、本人不在では俺がここにいる意味がない。 そんなことを考えていると、ガチャッと玄関で音がして慌てて階段を駆け下りる。 「おかえり!」 「……まだいたの?」 俺は満面の笑みで迎えたのに、汗だくで真っ赤な顔の咲は俺を見つめて顔を顰めた。 「悪いのかよ。」 俺のことを軽く睨みながら、タオル片手に風呂場に消えていく。 ここにいることが迷惑なのかと沈みながらも、このモヤモヤした状況を整理できないのは気持ちが悪い。 咲がシャワーを済ませ、Tシャツにハーパン姿で部屋に現れる。 俺がベッドに寝転んでいる様子を、わざとらしいため息を吐きながら見つめてくる。 「今日は何時に帰るの?」 「朝までいる。」 「はあ?」 「母さんはいいって。」 「いや、うちの親への連絡は?」 「母さんがしてくれた。おばさんすぐにオッケーくれたよ。」 「……あのババア、何考えてんだよ。」 酷く気乗りしない様子の咲を見つめて、決心が鈍る。 この前みたいに抱きしめたら、続きしてくれる? それとも、自分から脱いだらいいの……? でも、俺にはおっぱいがない。 男の裸なんて見たら、やっぱり萎えるのかな? 自分の武器は顔しかないことを思いだし、ノンケ相手の攻め方が分からない。 「のぞ?」 不機嫌そうな咲に名前を呼ばれて、ビクっと肩が震える。 自分の身体を見下ろして、何もないことが悲しくなる。 ―――怖い。嫌われたくない……。 好きになってくれなんて贅沢は言わないから、1回くらい俺で興奮してくれないかな? 顔はかわいいって褒めてくれるし、女顔に釣られてその気になってくれないかな? 別に女がすきでいいよ。 性欲処理でいいよ。 痛くしてくれていいよ。 オナホで全く構わない。 でも、咲に触って欲しい。 だからお願い。 抱かれるなら、咲がいい。 「……咲。」 精一杯の勇気を込めて、広い背中に抱き付く。 石鹸の匂いがする首筋に顔を埋めて、身体をぴったりとくっつける。 触れているところが全部熱くて、嫌われるかもしれないと思うと恐くて、どうしていいのか分からない。 背中に抱き付いたまま涙が溢れると、咲が驚いた表情で振り返る。 「ど……どうしたの?」 「咲がいい。」 「なんかあった?」 ―――ずっと待ってるのに、いつ続きしてくれるの……? 口から言葉じゃない感情が涙で溢れて、胸が苦しい。 俺の背中を優しく撫でる大きな手のひらにホッとして、心配してくれることが嬉しくて…… でも、今はそんな生ぬるい感情に浸っていたくはない。 意を決して咲の腕を掴んで、ベッドに転がす。 その上に覆いかぶさってみたものの、咲の表情はとても苦しそうだ。 眉間に皺を寄せて俺を睨む咲の顔をこれ以上見ていられなくて、首筋に顔を埋める。 咲が触れてくれたように首筋から肩に指を這わすと、手首を掴んで止められた。 「のぞ?」 「……怖い。」 「俺、やっぱり怖いかな……?」 今までの関係が全て崩れてしまうんじゃないかと思うと、怖くて堪らない。 甘えて縋って、咲を自分のモノにしようと感情が暴走している。 ―――こんなやり方で、咲のこと傷つけていいはずないのに……。 「咲、ぎゅうして。」 「大丈夫だよ。傍にいるから。」 そう言いながら、なんの欲も感じない優しい笑みで見つめられる。 だいすきな咲の顔が、憎たらしくて堪らない。 こんな朗らかな顔、見たくなかった。 俺に押し倒されても、咲はなにも感じないことが悔しい。 悔しくて悲しくて、なにも出来なくて、勝手に涙が溢れてくる。 ―――咲はいつオオカミになってくれるの?俺には見せてくれないの……? 「もしかして、またあの夢見てる?最近、様子がずっと変だったもんな……。合宿中も嫌な夢見て眠れなかったの?だからずっと傍にいるの?」 「……違う。」 「じゃあ、どうしたの?なんかあった?」 「寂しいの。」 「なんで?俺、ここにいるよ。」 咲が俺と同じ感情じゃないことが寂しいなんて、そんなの自分勝手すぎる。 身体だけでも繋がりたいなんて、そんなはしたない言葉で咲の優しさを裏切りたくない。 今まで身体を張ってずっと守ってくれていたのに、実は男が好きだったなんて…… どんな顔で伝えればいいのか分からない。 「咲がすき。」 「あー……うん。知ってる。」 微妙な顔で頷かれ、視線を逸らされてしまう。 「俺のことすきじゃないの?」 「あー……そういうこと、友達に言わない方がいいよ。」 呆れた表情で見つめられて、自分との熱量の差を思い知る。 自分を保っていた根幹が一気に崩れていくような感覚がして、頭がグラグラする。 友達の枠は、絶対に飛び越えられない。 高くて高くて、聳え立つ壁のようで、俺にはとても飛び越えられない。 咲はノンケで、俺はゲイだから。 その境界線をはっきり引かれた気がして、喉から吐き出したかった感情が萎んでいく。 「わかった。」 そう言うくらいしか出来なくて、弱虫な自分が嫌になる。 「もっと触りたい。触って欲しい。」なんてわがままを言っても、きっと困らせるだけだ。 ―――俺じゃ、オナホにすらなれないんだ……。
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