蛇に睨まれたオオカミ

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咲 入学式から二週間が経った。 のぞは相変わらず眠り癖がひどく、小学校の頃よりも悪化している。 昼飯を終えるとすっと意識を手放してしまい、保健室まで担ぎこんだのは片手では足りない。 教室では既に仲のいいグループがしっかりと確立し、俺はそのどれにも属さずに暇を持て余している。 別に誰かと仲良くなりたいなんて願望は、端からない。 手のかかるのぞといるだけで、だいすきなのぞがいるだけで、他に何もいらないから。 短すぎる春休み、遅ればせながらスマホデビューをした。 のぞがようやく親からスマホの許可をもらえたということで、俺も急かされるように持つはめになった。 今まで特に不便さは感じていなかったし、連絡を取り合うのはのぞと母親だけ。 でも、中学に入ってスマホの利便性を有難く思えるようになった。 教室が端と端で離されてしまい、のぞの様子が全く分からない。 合同体育も別だから、普段の教室の様子が分からないのが歯がゆかった。 のぞがいる1Dの教室の廊下には、休み時間になるといつも上級生がうろついていて、異様な雰囲気がある。 間違いなくのぞ狙いだと確信できたから、その黒山に視線が尖った。 入学式から毎日毎日飽きもせず、まだ幼いのぞに向けられる視線が気色悪くて堪らない。 生まれた瞬間から、のぞはかわいさの権化だった。 写真に収められたのぞの赤ちゃん姿は本当に愛らしくて、芸術作品のように細部に至るまで美しくて、とても生きた人間とは思えない。 それは俺の欲目フィルターを除外しても、きっとほとんど変わらない。 男たちがどんな目でのぞを見ているのか、痛いほどわかる。 俺ものぞをそういう対象として見ているから、わかりすぎることが逆に気色悪かった。 精通を迎えてから、のぞに対する欲望が増した気がする。 かわいいとしか思えなかった幼馴染を、自分の手で汚す罪悪感。 その罪悪感にすら興奮して、何度も何度ものぞを頭の中で犯している。 男らしさの感じない女子のような体格から、のぞはまだ精通さえ迎えていない気がする。 普段見えないところを、好きなだけ触りたい。 そんな欲求を隠せば隠すほど、のぞに対して冷たくなるのは分かっていても、やめられなかった。 それをやめると、絶対に溢れてしまう。 感情が溢れて、のぞを傷つけてしまう獣になるのが怖くて仕方がない。 のぞに嫌われることが、一番怖いから。 上級生たちを掻きわけるようにまっすぐに廊下を突き進み、教室を覗く。 声をかけようと口を開けたが、そのまま噤んだ。 のぞは数人のクラスメイトに囲まれて、楽しそうな笑顔を浮かべている。 若干赤らんだ顔をしながらのぞを見つめる男たちに、気持ちが冷めていく。 ―――あー、俺が傍に居なくても平気そう……。そっか、俺はもういらないのか。 寂しさと一緒に妬ましさを感じながら、さっきと同じ廊下を歩く。 小学校の調子のままのぞに張り付く自分を、急に恥ずかしく思ったから。 のぞには新しい人間関係ができて、俺はそれを見守るだけ。 見守るだけで、口出しはできない。 だって、俺はのぞにとって友達の1人にしか過ぎないのだから。 *** 「咲!」 聞き慣れた声に顔を上げると、俺のほうにまっすぐに走ってくるのぞの顔が見えた。 「どした?」 「なんで教室にいないの?」 「え?自販に。」 そう言いながら飲み物を見せると、のぞが戸惑った表情で見つめてくる。 随分息が切れているから、ずっと走らせてしまっていたようだ。 「そうだったんだ。」 「探してた?」 「なんで電話も出ないの?」 「あ、ごめん。教室に置いてきた。」 「ちゃんと持ち歩けよ。」 「それのぞが言う?」 いつもスマホを放置するのぞを咎めてそういうと、俺のシャツをつまんだまま俯いている。 「なんかあった?」 「ううん。なんでもない。大丈夫。」 その作り込んだぎこちない笑顔で、大丈夫ではないことを知る。 のぞを放置して離れた自分を呪いながら、シャツやズボンに乱れがないか確認してから、もう一度のぞを見つめる。 「どこ触られた?誰に?」 「ち、違う!本当に大丈夫だから。」 ―――あー、絶対になんかされたな?よく教室うろついてる3年か?それとも囲ってた教室の奴か? 「のぞ、ちゃんと言って。」 「ひとりでいるのが不安だっただけ。」 「友達と一緒だったんじゃないの?」 「友達なんていない。」 泣きそうな声でそう言いながら、胸に額を擦り付ける。 ―――クソが!!教室のやつか……!! 友達じゃなくて獣だったってことね。オッケー。絶対に泣かすわ。 そう決意して、のぞと並んで歩く。 「ごめん。次からは教室いるから。」 そう言いながらいちごミルクを差し出すと、のぞが珍しそうに俺を見上げる。 「甘いの珍しいね。間違えたの?」 「のぞがすきそうだったから。」 「え、俺のために買ってくれたの?ありがと!うれしい!」 大事そうにジュースを抱きしめると、蕩けそうな笑みを浮かべる。 ―――かわいい!!マジでクソかわいい!! え、なにその笑顔?100億点なんですけど?? 俺の方こそめっちゃ幸せ。そんなにジュース1本で幸せな顔できる? のぞヤバい!!マジでかわいすぎる!!! 「ねえ、にっしーわかる?」 「誰?」 「1C担任で陸部の顧問。入学式に声かけてくれた先生。」 「ああ、あのへらへらした奴か。」 「にっしーがめっちゃ優しくていい先生なの。」 「……どこが?」 「え?」 「具体的にどこが優しいと思った?」 「毎日会いに行っても、嫌な顔しないで話聞いてくれる。にっしーは安心するし、話しやすくてだいすき。担任のおがっちも先輩のこと鬼みたいな顔で怒鳴ってるのしか見てなかったけど、喋ってみると優しかった。咲の担任はどう?」 「興味ない。」 「あ、そう。」 ―――あんなへらへらした男が、だいすきだと……? のぞにお気に入りの教師ができたことは初めてではないが、だいすきだと愛好を崩すのぞをみつめているうちに、嫉妬で胸が苦しくなる。 ぽっと出の人間のくせに、のぞに愛されるなんて絶対に許せない。 「俺んとこ来れば?」 「え?」 「俺に会いに来れば良くない?」 「あー、でも……咲も忙しいだろうから。」 「常に暇だから。」 「え?」 「だから俺んとこ来いよ。」 そう伝えると、のぞが驚いた表情を向ける。 「ウザくない?」 「何が?」 「他クラなのに毎日遊びに行くの、ウザくない?迷惑じゃない?」 「俺はのぞが来ると嬉しいよ。」 「本当?」 「のぞ以外と喋ることない。」 「そっか。咲は人見知りだもんね。」 「部活どうすんの?」 「あー、陸部にする。咲はバスケだろ?」 「うん。」 「バスケ部は今日からだっけ?見に行っていい?」 「待ってる。」 そういうと、のぞが嬉しそうに顔を綻ばせる。 感情が全て顔にでる素直な性格で、いちいちかわいい。
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