蛇に睨まれたオオカミ

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望海 「夏休み、終わっちゃうね。」 小さなバケツと花火セット。 派手さは皆無だけれど、俺が望んだ最後の夏のイベント。 欠けた月が浮かんだ空の下、向かいにしゃがみ込んだ咲が一生懸命ろうそくに火を灯していた。 風除けになればと手を翳すと、咲が俺をじっと見つめる。 ゆらゆらと揺れる火の光に、咲の顔がぼんやりと映し出される。 いつもとは違う咲の顔に、なんだか照れてしまう。 見ていられなくて視線を下げると、咲が俺の手に花火を握らす。 勢いよく噴きだす花火に慌てて下がると、咲が俺の横に並んだ。 「誕生日にほしいもの、まだ決まらないの?」 「うーん。父さんと陽兄がなんでも買ってくれるし……。」 「早く決めて。」といくら急かされても、誕生日であろうがなかろうが、俺に甘い大人がうちには4人もいる。 強請らずとも大体のモノは買ってもらえるし、俺が本当に欲しいものはお金では買えない。 咲の愛情がほしいと思っても、それを口に出来るほど子供ではない。 ―――やっぱり、俺じゃ無理なんだもんな……。 隣の咲を見つめていると、勘違いした咲が新しい花火を俺に握らせる。 「俺の小遣いじゃ、あげられるもの何もないよな……。」 「ううん。いっぱいもらってる。」 「例えば?」 「花火。」 今日の花火も咲からのプレゼント。 俺がやりたいこと、咲はちゃんと叶えてくれる。 海や花火大会も俺が行きたいと言ったら渋い顔をしていたのに、咲に何度も頼まれると最後は首を縦に振ってくれた。 咲への信頼は小学1年でカンストしてしまっているから、俺よりも咲が頼んだほうが叶えてもらえる確率が高い。 モノに対しては財布のひもが緩い親だけれど、できることに対しては制限されている。 GPSですべての行動を見張られて、俺には自由がない。 そんな過保護すぎる親からの監視を和らげてくれるのが、咲の存在。 「花火大会見れなかったから。」 「でも、星空きれいだったよな~?」 「星空よりものぞのほうがきれいだったよ。」 にこやかな笑みまでサービスしながら、咲が珍しくリップサービスをくれる。 「……何それ?」 「あー、ごめ……なんでもない。」 ブツブツ言いながら頭を抱える咲の背中にケツを預け、消えてしまった花火をバケツに投げ入れる。 新しい花火を両手に持って火を灯すと、咲が煙に咽て派手な咳をした。 「そういえば、咲って浴衣フェチなの?」 「いや、別に……。」 「咲の趣味って全然分かんない。」 「俺の趣味?バスケだって知ってんだろ?」 「そういうこと聞いてるわけじゃないんだけど……ま、咲だもんな。色気ない。」 「中坊に色気なんかあるわけ……。」 花火をひとつ手渡し、ふたりで小さな雑草を共同で燃やす。 徐々に黒焦げにされていく雑草を2人で見つめていると、咲が俺に視線を変えて言葉を濁す。 「なに?」 「なんでもない。」 ふたりでバケツにシュートして、今度は小さな線香花火に火を灯す。 チリチリとかわいい音を奏でる姿に見入っていると、咲が目にかかりそうな髪をかきあげてくれた。 「大人になったらさ、一緒に海で泳ごうね。」 「え?」 「それから一緒に大浴場行って、お泊りしようよ。」 「……のぞの水着も裸も解禁されないと思うよ?」 「いや、大人になってからだよ?」 「大人になっても無理だと思うよ。いや、むしろ大人になってからのほうが危ない。」 「なんで?大人になったら、ちゃんと普通の男になるもん。そしたら解禁だろ?」 「いや、のぞは普通にはならないから。」 「なんで?」 「かわいすぎる。」 俺のことを間近で見つめる真剣な眼差しに捉えられて、頬が火照る。 いつもの真黒な瞳が柔らかなオレンジに染まり、俺の思考まで暴かれそうな熱い視線に、思わず咲の目を覆った。 「見るなよ!」 「なんで?」 「怖いから!」 「ご……ごめん。」 不安そうな声色で謝る咲に、視線を奪った手をそっと外す。 地面に落ちた線香花火の膨らみを名残惜しそうに見つめているから、終わった花火を咲から奪う。 花火と同じように、人間にも賞味期限があると思う。 美味しく食べられる時期を逃せば、きっと醜く歪んでしまう。 俺の旬はきっと今で、そう長くは続かない。 大人と子供の両方の長所を持ち続けるのは不可能で、大人になれば俺の長所は消えてしまう。 身体が成長すれば、女顔に価値はない。 ―――俺の旬が終わって枯れても、咲はまだ俺のことをかわいいと思うんだろうか? 「俺が可愛くなくなっても、一緒にいるんだからな?約束したからな?」 「のぞが可愛くなくなることは一生ないよ。」 そう言って微笑む咲の横で、胸の辺りがざわざわする。 咲はなにも分かっていない。 ―――俺の旬は期限があるのに。今しかないのに……。 「……咲はマジで俺のこと一生ガキだと思ってるもんな?ちゃんと精通してんのに。」 「その話はしないから。」 「咲って猥談苦手なの?一生しないじゃん?」 「のぞと猥談できる人間なんて、陽海さんくらいだよ。」 「咲としたい。」 「無理。」 「咲ってなんのAV見てんの~?」 にやにやしながらそう問いかけると、咲に手を掴まれた。 いつもの優しい触り方ではなく、噛みつくような手荒さに鼓動が跳ねる。 普段と別人のような表情で睨まれ、掴まれた指先がジンジン痛む。 ―――調子乗りすぎて、怒らせた……? 「襲うよ。」 「え?」 近づくとピリピリ痛みを覚えそうな雰囲気に気圧され、手を振り払って数歩後ずさる。 すると、咲がため息を吐きながら、その場に小さくしゃがみ込んだ。 「……ビビり過ぎ。」 「ビビってないし!!」 「いや、ビビってた。泣きそうな顔してた。」 「してない!!!咲が冗談言うの珍しいから、びっくりしただけだもん!」 「ビビってんじゃん。」 いつものように優しく笑う咲に安心して、咲の肩に額を擦り付ける。 触れても先ほどのような圧は感じず、胸を撫でおろす。 「あ!今日、21時から怪談やるんだった。」 「見るなよ。また眠れなくなるから。明日から学校だよ?」 「大丈夫!咲の家で見るから。」 「……それのどこらへんが大丈夫だと思ったの?」 「咲と一緒にお風呂入るから怖くない。シャンプーしてる間は俺の身体触ってて。」 「は?ちょっと待って。さっきの今で何で分かんないの?」 「咲と一緒に寝れば、怖い夢見ないもん。」 「いや、だからさ。なに勝手に決めてんの?」 「おばさんから快諾してもらったし。」 「風呂にもベッドにも絶対に入らないから。」 「あー、チン毛生えてるから?大丈夫。俺もちょびっと生えてきたし、もう一緒だから恥ずかしくないよ。」 「……ババアとなに話してんだよ?」 咲があからさまに不機嫌な空気を醸し出すから、笑いながら腕にしがみ付く。 「小学生の時に咲が風呂に入ってくれなくなったって言ったら、教えてくれた。咲って発育いいんだね?」 「あの人は俺の思春期をなんだと思ってんだ?」 「胸板も厚いし、腕も太いし、もしかしてチンコも太いの?」 「のぞ、火消えてる。」 「太すぎると女の子痛がるって聞いたことある。大変だね。」 「はい、新しい花火。危ないからもっと先っぽもって。」 「ねえ、聞いてる?」 俺の言葉はすべてスルーする咲の腕を掴むと、あからさまに嫌な顔をされた。 「何も聞いてない。」 「咲っていつ童貞卒業すんの?」 「大人になってからだろ?」 「精通したからもう大人じゃん?」 「12歳の夢精したガキがなに言ってんの?」 咲が眉を潜めて、俺を睨む。 新しい花火に火をつけて、虹色の炎が2人の顔を優しく照らす。 大人びた表情と身体で、まだ童貞の咲の横顔をじっくり見つめる。 ―――咲のはじめては、俺が奪いたいな……。 「俺で卒業してみない?」なんて冗談は今はとても言える雰囲気ではなく、オオカミの顔を羊の被り物でしっかりと隠す。 今はまだ、俺の本性を知られてはいけない。 ずっとか弱い羊の顔をして、咲の隣のポジションを死守しなくてはいけないから。 ~『蛇に睨まれたオオカミ』 END~
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