蛇に睨まれたオオカミ

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咲 「のぞ!」 保健室の扉を開けると、のぞが驚いたように身体を起こす。 顔面蒼白で、今にも倒れそうなほど顔色が悪い。 「え、咲……なんで?」 「具合悪いの?」 「誰に聞いた?」 「小河原先生と西島だけど……。」 俺がそう言うと、のぞの視線が尖る。 2人ともお気に入りだと話していたのに、俺に告げ口をしたのが気に入らなかったのか? のぞはすごく疲れた顔をしていて、中学に入学してから浮かない表情ばかり見ている気がする。 何かあったのか聞いても「なんでもない」の一点張りで、なかなか口を割らない。 「大丈夫?」 「疲れただけ。」 青白い頬に触れると、俺の手に甘えるように頬を擦りつけてくる。 いつもより甘えたな時は、のぞのメンタルが沈んでいる時。 のぞの顔をじっと見つめていると、首に腕を回してきた。 いつもなら秒で振りほどくところだけれど、小動物のように早すぎる胸の鼓動を聞いているうちに、気がかわった。 壊れそうな背中を優しく撫でながら、小さな身体をぎゅっと抱きしめる。 柔らかさよりも骨っぽさ際立つ背中は、小刻みに震えていた。 「……気持ち悪い。」 「吐きそう?トイレ行こうか?」 「大丈夫。」 至近距離でのぞの顔を見つめると、緑色の瞳まで細かく揺れている。 「なにがあった?」 「暑くてバテただけ。」 「誰?殺してくるから。」 「なんもないって。」 頑なに口を閉ざされると、俺には出来ることが何もない。 昔はなんでも話してくれていたのに、最近は言葉を濁されることが増えた。 もっと頼って、もっともっと甘えて欲しい。 俺がいないと何もできない、甘えん坊な赤ちゃんでいてほしい。 そしたら、のぞの隣にずっといても許される理由ができる。 「のぞお願いだから、ちゃんと教えて?」 何かあったら、一番に俺を頼ってほしい。 むしろ何かある前に、守りたかった。 そんな俺の気持ちとは裏腹に、のぞと心の距離を感じる。 後悔を抱きながらのぞのことをじっと見つめていると、腕を引かれた。 「咲、こっち来て。」 「なに?」 誘われるままベッドに腰を掛けると、のぞが背中に抱き付いてくる。 「一緒に寝て?」 「いや、それは無理。」 「くっつくだけ。」 「無理だって!!」 そう言って、腕を振りほどいてベッドを降りる。 「そんなに嫌いかよ。」 「え?」 「迷惑かけてごめんね。部活戻って大丈夫だから。どうぞお気遣いなく。」 背中を向けてごろんと転がり、目を閉じてしまう。 小さな背中を見つめながら、大きなため息を吐く。 「わかったよ。添い寝するだけ。」 俺がそう言うと、のぞが嬉しそうに振り返った。 「でも嘘はつくな。大丈夫じゃないのに、大丈夫なんて言うな。」 「怒んないで。」 そう言いながら首に腕を絡ませて、首筋に顔を埋めてくる。 「嫌いなわけないだろ?」 「だって、すげえ嫌そうだったじゃん。」 のぞと寝るのが嫌なわけがない。 でも、欲深い股間が俺の意思を聞いてくれない可能性が大いにあるから……。 「狭いから、もうちょい寄って。」 「うん。」 嬉しそうに微笑むのぞの横に、慎重に寝転ぶ。 触れないように気を付けながら寝転んだのに、のぞは抱き枕のように俺の身体を足で挟む。 柔らかな太腿がハーパンから剥き出しの俺の足に触れて、腰にのぞの股間が当たる。 すると、全身の肌が粟立った。 ―――あ~~~くそっ!!!!こんなことになるなら、ジャージ着てこりゃよかった!! 息がかかる距離で俺をじっと見つめてから、ふにゃんと蕩けるように笑う。 「かっ……。」 「蚊がいた?」 ―――クソかわいいい!!!!!!! 凝視すると色々とヤバそうで、のぞを視界に極力入れないように天井をまっすぐに見つめた。 のぞの匂いに頭がクラクラして、太腿にのせられた滑らかな肌に鼓動がうるさい。 視界にのぞを入れないようにぎゅっと目を閉じると、耳に息がかかった。 「咲、ぎゅうして。」 「え……?」 「ぎゅうして?」 「……わかった。」 のぞに手を広げられ、深呼吸をしてからのぞの背中に腕を回す。 ほとんど肉感のない華奢な背中は、壊してしまいそうで怖い。 力を入れないように触れるだけ抱きしめると、のぞが胸元に顔を埋める。 柔らかな髪が頬に触れるのがくすぐったくて身を捩ると、今度は熱い吐息が首筋にかかる。 それだけで、全身が凍ったように身動きが取れない。 息ができない程苦しくて、心臓が突き出そうなほど鼓動が早い。 ―――ヤバい。既に勃ちそう……。 「一緒にいてくれてありがとう。」 今にも涙が溢れそうな目で微笑まれて、昂っていた性欲が一気に減退する。 のぞにこんな顔をさせた野郎に殺意を抱きながら、長い睫毛をじっと見つめた。 もっと甘えろよ。もっと頼れよ。 俺がいないと存在できないくらい、弱いままでいてくれ。 そうしたら、俺はずっとのぞの傍にいられる理由ができる。 のぞを守っているという大義名分を掲げて、堂々と傍にいられるから。 *** 「抱き枕になれて幸せか?」 のぞの寝息が聞こえてくると、かやちゃんが笑いながらカーテンをすこし開ける。 慎重に腕枕を外し、挟まれたままの太腿をゆっくりと引き抜く。 ネコのように丸くなって眠るのぞの寝顔を見つめてから、大きなため息とともに身体を起こした。 「限界。」 前かがみになりながらベッドを出ると、かやちゃんが軽やかに笑う。 「だよね。笑い堪えるの必死だった。こんなに尽くしてるのに、嫌いなわけないじゃんね?誰がどう見てもだいすきじゃん。」 「かやちゃん止めてよ。のぞと添い寝はきついって……。」 「今野が暴走したら、蹴り飛ばしてでも止めてやるから安心しな。」 「トイレ行ってくる。」 「しっかり抜いてきなよ。帰りもこの調子だとおんぶコースだから。」 「のぞ、なにされたの?」 「私にも言わない。」 「……そっか。」 のぞの髪を撫でると、幸せな夢でも見ているのか口角が上がる。 血の気のない真っ青な顔をしていたのに、頬に血色が戻ってきたことに安堵する。 「かわいい。」 「起きてる時に言えば?」 「普通に引くだろ?」 「言われ慣れてるから大丈夫じゃない?」 「かわいいって言うと、いつも嫌そうな顔してる。」 「今野が言えば違うかもよ?」 「なんで?」 「一緒に寝れるくらい懐いてるじゃん。」 「のぞは俺のこと、便利な布団くらいにしか思ってない。何もしない安牌だから安心してるだけ。男だと思われてないから触れるんだよ。」 「告らないの?」 「無理に決まってるじゃん?」 「なんで?」 「かやちゃんには話しただろ?のぞは男に襲われてんだよ?」 「それは知ってる。」 「俺にまで好かれてるって知ったら、怖がるに決まってる。怖がらせたくない。泣かせたくない。のぞを守れればそれでいい。」 「今野ってよく分かんないね。」 「なんで?」 「3年のことは思い切り蹴り飛ばす癖に、胡蝶くんにはすごい臆病。今日はバスケ部の奴ら片づけてたの?血の気多いなら献血行くことおすすめします。」 「のぞが体育館に来られないから。」 「ふーん。格好いいとこ見せたいんだ?バスケ上手いんだってね。胡蝶くんが言ってた。」 「のぞが初めて褒めてくれた。」 「え?」 「初めてバスケやった時、のぞが格好いいって褒めてくれた。のぞは筋力なくて、ゴールまでボールが届かなかったから。」 「で、ずっとバスケやってんの?」 「のぞに褒めてもらうためにやってる。」 「……すごいバカだね。バスケ馬鹿だって胡蝶くん言ってたけど、バスケ始める前から馬鹿だったんだ?」 「は?」 「男子って、なんでこんなにバカなんだろ?だからこそ愛おしいのかな?」 「うるさいなー。好きな子には格好いいって思ってもらいたいじゃん!」 「悠長なこと言っておいて、誰かにとられても知らないよ。」 「のぞが好きな相手ならそれでいいよ。友達の俺に口出す権利ないから。」 「セコム犬の癖に格好つけんな?手出されると、秒で駆けつけてくるくせに……。」 「本心だって。」 「まあ、胡蝶くんは今野がいるから幸せそうだ。」 そう言って、優しい笑みを浮かべながらのぞを見つめる。 入学早々から体調不良で散々お世話になっているせいか、のぞはかやちゃんに心を開いていた。 よほど気が合うのか、既に小1の頃に襲われた話も済ませているようで、心身共に頼りきっている。 かやちゃんも俺に対しては歯に衣着せぬ物言いでも、のぞに対しては別人のように優しい。 かわいすぎる寝顔を見ていると痛いくらいに勃ちあがったモノが一向に治まらないから、のぞが起きる前に大人しくトイレへ向かった。
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