蛇に睨まれたオオカミ

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今野 咲(こんの さき) 栗色の柔らかな髪が、風に靡く。 白く滑らかな頬を青白く染めたのぞが、俯きながら俺の隣をゆっくりと歩く。 気だるげな表情ののぞに歩調を合わせながら、俺は不安で仕方がなかった。 透けるような白い肌、ふわふわの柔らかな栗色の髪、翡翠色の宝石のように輝く瞳。 それらの繊細で美しいパーツを、細部まで凝って配置した最高傑作が、胡蝶 望海(こちょう のぞみ)という人間だった。 俺とは幼稚園に入る前からの家族ぐるみの付き合いで、華奢な身体をぶかぶかの真新しい制服で纏っている。 子供の頃から変わらないその派手なビジュアルのせいで、どこにいても人目を引く。 イギリスと日本のハーフである母親の恵さんの血を色濃く受け継ぎ、制服を着ていなければ女に間違われるほど可憐な容姿をしていた。 幼少期は家から一人で出かけることも、学校に徒歩で行くことすら許されなかった生粋の箱入り息子。 この可愛すぎる容姿のせいで、俺が知るだけでも数えきれないほど被害にあっている。 小学校に入学してすぐに変質者に車に連れ込まれてから、ずっと登下校は車だった。 だから、のぞがどんな気持ちでここを歩いているのかは、俺も理解しているつもり。 不安に押しつぶされそうな表情ののぞと手を繋いで安心させたいのは山々だが、俺は俺を信用していない。 ―――のぞと一定の距離を保っていないと、俺が変質者になりえるから……。 俺がずっと隣で守ってあげられたらいいけれど、何の感情も抱かないで傍にいれたらいいのだけど…… のぞの隣で感情が動かない人間なんて、きっと存在しない。 駅前とは反対方向の閑静な住宅地でさえ、執拗に纏わりつく視線は途絶えない。 のぞを穴が開きそうなほど呆けながら見つめる通行人に睨みを効かせると、俺の視線に気がつき足早に通り過ぎる。 見慣れない制服姿ののぞの横顔を見つめてから、そっと声をかけた。 「大丈夫?」 「何が?」 「具合悪いんだろ?」 「平気。」 青白い顔したのぞが、力なく微笑む。 ずっと傍にいる俺にすら気を遣うのぞに呆れながら、手首を引っ張り無理やり公園にあるベンチに座らせた。 腰をかけるとすぐに肩にもたれ掛かってきて、柔らかな頬の感触に心臓が跳ね上がる。 ―――すげえいい匂いする……。 「咲、髪なでて。」 のぞに促されて仕方なく柔らかな髪を撫でると、安心したように目を細める。 心なしか嬉しそうに緩む頬を摘まむと、のぞが俺の頬に腕を伸ばした。 春の陽気に似つかわしくない程、のぞの指は凍えるように冷たい。 肌に直接触れている感触に沸き立ちそうになる欲望を、手を払いのけて視線を逸らす。 俺の過敏な行動に軽いため息をつきながら、のぞが独り言のように呟く。 「咲。」 「ん。」 「ずっと傍にいてくれる?」 「いるよ。」 空を見上げたまま即答すると、のぞが嬉しそうに微笑みながら首に抱き付いて来た。 俺がのぞと一緒にいたい気持ちは、甘えん坊で寂しがり屋なのぞの遥か上をいく。 柔らかな髪を撫でていると、ポケットの中のスマホが短く震えた。 のぞの母親である恵さんから学校に無事に着いたのか心配のLINEが届き、公園で休んでいる旨を連絡すると、秒で迎えに行こうかと連絡が飛んでくる。 その気持ちに甘えたい気持ちもあるが、のぞの今日の頑張りを無駄にはしたくない。 昨日の夜は久しぶりの徒歩での登校を嬉しそうにしていたし、俺と一緒なら大丈夫だと渋る家族を納得させたのものぞだった。 「おんぶしてく?」 気持ちが折れてしまったのか、身体をすべて俺に預けるように寄りかかってくるからそう提案すると…… 「手、繋いで。」 「え?」 「途中まででいいから。」 不安そうな表情で太腿の上に小さな手を置かれて、その細い指を壊さないように慎重に包みこむ。 ひと回り小さなのぞの手は、俺の手の中にすっぽりと収まった。 骨っぽい男の手とは程遠く、あまりにも頼りなく柔らかい。 ―――これは下心ではなく、のぞのため。 自分にそう言い訳しながら、腰をあげた。 「のぞが離したくなったら言って。」 そう声をかけて、火照った顔がバレないように少しだけ前を歩いた。
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