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その瞬間、異変が起こった。
……異変、というよりは奇妙な物体を女は目撃した。
空にそれは出現した。
銀色に見える皿のようなものだった。
日光が反射しているのか、それは輝いている。
皿のようなものは白色にも透明にもなりつつ、動いてきた。
不思議な皿は進み、女の直上で停止した。
かなりの高度にそれは静止している。
女は上空から何者かに監視されている、と感じた。
女の全身を包むかのような視線は、とても不気味である。
女は恐怖に駆られ、その場から逃げ出そうとした。
……しかし、足も手も動かなかった。
首も動かず、まばたきも出来ず、女は滞空する半透明の皿を見つめ続けた。
呼吸だけはしているのだろうが、自分でもわからない。
その女は何かに包まれて、引っ張られるかのように地上から消えた。
空にとどまっていた銀色の皿も透明となって、消失した。
次に女が気付くと、冷たい寝台らしきものに寝かされていた。
……女は自分が全裸なのを知った。
衣服を無理に引き剥がされたというよりは、衣服を溶かされたように感じた。
…………恥ずかしい、というよりも寒かった。
女がいるところは、どこかに光源のある黒一色の場所らしかった。
どこまでが自分で、どこまでが黒色なのか全くわからない、といってもいい。
……手足は拘束されているのか、全く動かせない。
胴体も腰も首も動かせないし、その感覚もない。
黒と一つになっているのか、身体があるのかどうかもわからない。
戦慄した女は泣き出したくなったものの、涙も声も出てこなかった。
……口を開いても、黒い部屋へ吸い込まれていくようで音を出せない。
鼻での呼吸はできるようだったが、定かではない。
まばたきはできる。
耳には嫌な低い音だけが、どこかから響いてくるようだった。
音もなく、影がいくつもいくつも現れて、女のそばに集まってきた。
黒い中でそれらはこちらを覗き込んだ。
…………女は人間と似たものに囲まれていて、それは痩せっぽちで頭がとても大きかった。
光沢がある、水面のような黒い大きな瞳が女をとらえて離さない。
つるつるの黒い瞳には女の怯えた顔が映っている。
…………どうやって、その細い首で巨大な頭を支えているのだろう……と恐怖で麻痺しかけた女が気になっていると、その中の一人が女の内部へ直接、語りかけた。
その者だけは他の者とは異なっており、背が高かった。
この者は、指導者なのではないのか、と女は感じた。
………たいへん名誉なことだ。
わたし達は、あなたの畑を選んだ。
あなたの畑で、我が子は育つ。
あなたは選ばれた、特別な母親となる。
子に救われなさい、人よ。
我が子は、母親を忘れたりはしない。
人よ、わたし達の母親となりなさい……。
声が終わるや、ここで女の意識は途絶えた。
しばらくしてから気がつくと、黒い部屋だったが寒くはないところへ女は移されていた。
…………ここは……どこ、なの……?
首を動かし、自らのおかれた状況の確認を行おうとした女へいきなり、冷たいものが差し込まれた。
すさまじい激痛に女は叫んで身をよじろうとしたけれど、少しも声を上げられず、寝かされたまま身体を動かせないでいた。
目だけがきょろきょろして、鼻で息をするしかない。
金属的な冷たさは全身へと広がり、深すぎる痛みと悲しみに女は支配された。
女は終わらない苦痛の中、ぼんやりと悟った。
そ……そ……そうか……そう……だったのか……そういうこと……だったの……これが……これが……わたしが、これまで……してきたこと……だったの……こんなに、こんなに……ひどいこと……してきたのか……わたし……こうなるのを……どこかで、ねがってたのかしら……でも、わたしって……だれ……なの……わたし……だれになりたかったのかな……ごめん……ごめん……こ……これで……ゆるして、ください……もう……おわりに……して、ください…………。
黒い中、どこからか低音は続き、女はそのまま失神した。
その次に女が目覚めると、自らの腹部が大きくなっていた。
驚きながらも叫び声を上げられない女は、襲ってきた飛び散る血液と激痛とに、がくがくと痙攣を起こした。
黒衣の者たちは震える女の腹を切り裂き、開いては色白で頭部が大きな子を取り出した。
その後、浅い息をしている女の首へ薬液が注入される。
女はやってきた黒い忘却に迎えられては、役割から解放されることとなった。
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