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「ただいま」  おかしい。  いつもだったらぱたぱたと足音を立てて駆け寄ってくるシェリーの姿が無い。  仕方が無いので自分で上着を取り、そのまま居間へと向かうと。 「シェリー?!」  はっとして俺の姿を認めると、彼女は急に立ち上がり、抱きついてきた。 「ロバート聞いて! 私もう怖くて怖くて……」 「怖い?」  確か今日は、スティーブンス氏に頼まれ、ドリーのところに行ってもらったはずだ。 「何か、ドリーのところで怖いことがあったのかい?」 「ドリーはいいのよ、怖いのはハロルドさんの方なのよ!」  落ち着いて、と俺は彼女を再び居間のソファに座らせ、その横に自分もかける。  肩を抱き寄せ、手を握る。  冷たいそれに驚く。 「ねえ貴方、確かに駄目だわ。絶対離婚した方がいいわ」  震える声でシェリーは告げる。 「どうしたんだ? 何かそんなに凄いことを――」 「貴方、もし私が貴方と閨を共にしている時に、貴方を抱きしめながら『お父様』って何度も言ったならどう思う?」 「は?」  必死な顔で見上げてくる。  これは冗談ではない。本気だ。 「ねえ」 「……びっくりして、困る」  言葉としては濁してるが、要は萎える。  彼女もそれは判ったのだろう。 「つまり…… 同じ様なことがあったんですって……」 「同じって」  あの同心円状の写真が脳裏に浮かぶ。 「ドリー、スティーブンスのお母様が亡くなってから、ハロルドさんがずっと甘えてきて毎日の様にすがってくる、って言ってたのね。毎日よ! まず身体が保たないって言っていたわ。実際げっそりしていたし。その上、……呼ぶんですって」 「ママ、って…… か?」 「そうなの。よりによって、そんな、子供の様な―― でもドリーが言うには、お母様が生きてらした頃から、時々ひょい、と口にすることはあったんですって。でも今度は、ひょいと口にするのがドリーの方で、それ以外は……」  嗚呼、とシェリーは顔を覆った。 「それは駄目でしょ絶対!」 「ああ駄目だな……」  いくら母親が大好きだったとしても。  そもそも母親にそっくりな女を――  いや、それ以前に、彼はそもそも、「母親にそっくりだから」一目惚れしたんじゃないか? 「もう絶対戻る気は無いって。いくらお父様がいい方でも、どうしても、ってドリーは泣いてたわ。それだけじゃないの。自分はそんな男にしか望まれなかったのか、って遡って落ち込んでいるのよ。……酷い話」 「ああ全く酷い話だ。ごめん。そんな話をわざわざ聞かせに行かせてしまって。向こうには医者に診せた方がいい、と助言してくるよ。あと安心して。君には絶対無いから」 「そうね。この時ばかりは、貴方の育った環境に感謝したい気持ちだわ」
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