朝活

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朝活

三年になって風間湊と初めてしゃべった。 スカートの丈も靴下も髪型も普通で何もしてない、真面目そうな風間湊とはあまり接点がなかった。 彼女の声を聞いたのは、その時が初めてではない。 だけど、俺に向かって出した声は友だちと話すときより少しだけ低かったから、なんか、緊張した。 「おはよう」 「おはよう、風間さん早いね」 風間湊は窓際の一番前の席で本を読んでいた。 「うん。木島くん珍しいね」 「あ、今週、ミソギ」 「なにしたの?」 「ん、んー・・・煙草」 ミソギの理由を言うのはちょっと気が引けた。 なんだかイキがってるみたいで恥ずかしかった。 俺のクラス担任はちょっと変わった人で、何かやらかしても一週間か二週間の反省期間をこなせば許してくれる。3回までは。 流石に暴力沙汰とか万引きは駄目だけど、遅刻とかサボりとか、煙草とかはなんとか許してくれる。 だから余計に、子どもっぽく甘えているみたいで、恥ずかしかった。 「ワルイコだね」 風間湊は鼻で笑った。 なんか、イメージ、違うな。 「風間さんはなんで?」 「私は毎日早いよ。皆が来る三十分前にいる」 「マジで?早くね?」 「いっぱいいる中に入っていくのが苦手なだけ」 風間湊はまた本を読み始めた。 俺は仕事にかかる。 みんなの机を水拭きしてから黒板も雑巾で拭く。教卓も拭いて、最後に日誌を書く。B5ノートの見開きを埋めるように書く。これが禊。 仕事を終えて時計を見ると皆が登校するまで、あと十分くらい余裕があった。 風間湊の右斜め後ろに座り、日誌を書きながら俺は溜息をついた。 「めんどくせぇなあ」 「ふふ、なんで煙草吸ったの?」 なんでって、そんなもんに意味なんてないけど。あらためて聞かれると、やっぱり恥ずかしい。 「反抗期?」 「うるせぇな。」 「見つかりたいから見つかっちゃうんだよ」 「なにそれ」 「見つけてほしいって思うから、見つけられちゃうんでしょ?ちがうの?」 「んなわけねーだろ」 なんだ、コイツ。結構ガンガン言うタイプなのか。 日誌を書き終えて教卓にノートを置くと、俺は教室を出た。何故か心臓がドクドクしておさまらない。 それから一週間、風間湊はいつも先にいて、俺の仕事を見ている。そして、仕事が終わると俺は一旦教室を出て、みんなの登校時間に合わせてまた教室に戻るという毎日を過ごした。 なんとなく、早く来ているのが恥ずかしいからだ。 それに、風間湊といるとなんか調子が狂う。 金曜日、廊下の角を曲がると教室から男が出ていくのが見えた。あんまり見たことない男。 若い、他学年の教師だった。 俺、ザワザワするのは何故だ。 教室に入ると、風間湊はいつもと同じだった。 俺は仕事に取り掛かる。 だけどザワザワはおさまらなくて、どうしても知りたくなった。 「ねえ、何してたの」 「何って?」 「え?何って、さっきの」 「そういうの、聞いちゃう人?」 「まあ、見ちゃったし。気になるし」 「気にしなきゃ良いのに」 本を閉じた風間湊は窓の外に目をやった。 「あの先生となんかあんの?まさか付き合ってるとか?」 「付き合って『た』の。今さっき別れた」 絶句。 当たっちゃった。 「ちょ、ショック・・・」 「なんで?」 「見つかったらヤバくない?」 「知らなかったでしょ?」 「ま、そうだけど」 「見つかりたくなければ、見つからないようにすればいいの。それに、もう終わったし」 風間湊は少し乱暴に本を机の中にしまって立ち上がった。そのまま出口に向かって歩き出す。 「ミソギ、今日で終わりでしょ?お疲れ様、今度は見つからないようにするんだね、反抗期くん」 なんだかバカにされているようで、いや、実際バカにされたんだと思うけど。悔しくて、教室を出ていく風間湊の手をつかんだ。 だけど振り返った彼女は泣いていて、俺はとっさに手を離してしまった。 また、ザワザワした。 月曜日、いつもの時間に風間湊は来てなかった。 「そっか、朝はアイツとの時間だったのか」 俺は机に突っ伏して、窓の外を見て時間を潰した。 (何してんだ、俺は。ガキか) 格好悪い自分を恥じた。 「木島くん、またミソギなの?」 扉をガラッと開けたのは風間湊だった。 ドキッとして、でもそれを隠すようにゆっくりと振り返る。 「違うよ」 「じゃあ、なんで」 「風間さん、泣いてたから。金曜日」 「だから何よ」 「なんとなく」 「あんたに見られたの、失敗だったわ。最悪」 「ひどくね?つーか、お前が言ったんだろ。『見つけて欲しいって思うから見つかっちゃうんだよ』って」 「聞き流してよ、そういうことは」 「無理だよ。だって好きだもん」 風間湊の顔に近づいた。 フワフワしたその唇を、先週まではあいつのものだったんだなって思いながら、舌でなぞってみた。 「木島くん、苦いよ。また煙草吸ったでしょ」 「見つからないようにしたよ」 「ふふふ、ワルイコだね」 風間湊は少しだけ笑っていた。 「ねえ、俺とも、見つかりたくない?」 「そうだね」 「秘密が好きなんだね、風間さん」 「だって、その方がおもしろいから」 「たしかに」 俺はまたフワフワにくっついた。 風間湊は俺の舌を捕まえて、俺の知らないやり方を教えてくれた。 (大人と付き合うとこういうふうになんのかぁ) 「なんで先生と別れたの?」 「秋にね、結婚するんだって、音楽の先生と。それで」 「わー、最悪だなアイツ」 「でしょ?罰が当たるよそのうち」 いつまでもフワフワの唇にくっついていたかったけど、風間湊は秘密が好きだから、皆が登校してくる少し前に俺は教室を出た。 End
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