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「私じゃありません! 私が来たときにはもう父も夫も血を流して倒れていました! ペーパーナイフはつい拾ってしまっただけで……。そうだ、防犯カメラは? 玄関の外のカメラに逃走する犯人が映っているはずです」
「それはこれから確認します。落ち着いてください」
丸さんが宥めるように言ったけど、犯人だと疑われているのに落ち着いてなんかいられない。
それにしても奈美は酷い。確かに奈美が警官に話したことは事実だけど、きっと彼女のことだから私が疑われるような言い方をわざとしたんじゃないかな?
小学生の頃からそうだった。いつも私のことを目の敵にして、機会があれば足を掬おうとするのだ。
あれ? そういえば奈美は何をしにここに来たのだろう?
父は秀太郎と私をわざわざ呼んで何か大事な話をしようとしていた。そんなときに奈美に家の掃除を頼むとは思えない。
「あの、田中奈美さんは今日は何の用でこの家に来たと言っていましたか? 父が彼女に掃除や留守中の花の手入れを頼むときは、いつもメッセージアプリで連絡しているということでしたけど」
「メッセージアプリで。そうですか。お父様のスマホを確認してみますが、田中さんは今日は」
「教える必要はない」
嫌味な男性警官が丸さんの言葉を遮った。
「2人の遺体は解剖に回すから、葬式の手配をするならその後だ。あんたは……今日はもう帰っていい。事情聴取をするから明日、署に来るように」
男性警官は私の膨らんだお腹を見ながら言ったから、妊婦だということを考慮して明日にしてくれたのかもしれない。
「葬式……」
そうだ、お葬式をあげなくちゃいけない。しかも2人分を同時に、私1人で。
鑑識作業のためだろうか、なかば追い出されるようにして玄関を出た。
庭で奈美がギロッと睨んできたけど、睨み返す気力はなかった。
車に乗り込んでため息が零れた。今から自宅のある白山まで戻っても、明日また大磯の警察署に来なくてはならない。だったら、どこかのホテルにでも泊まった方が楽だ。
それに……家に帰ったところで秀太郎はいない。もう永遠に会えないんだ。
もっと優しくすれば良かった。夫婦なんだから家にいる間ぐらい、同じ部屋で過ごせば良かった。
後悔が後から後から押し寄せてくる。
でも、感傷に浸っている暇はない。
とりあえず実家を出た私は近くの公園の駐車場に車を停め、深呼吸してから秀太郎の実家に電話をかけた。
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