ある朝突然に

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 同じ大磯町内ではあるものの、研究所は私の実家から少し離れた海辺にある。元々は賢斗がご両親と暮らしていた家だ。  賢斗は父の親友の一人息子で、中学生のときに彼のご両親が交通事故で亡くなったため父が引き取ると決めた。  初恋の人でずっとほのかな恋心を抱き続けていた相手が、突然”兄”となって一緒に暮らすことになったのだから思春期の私には大事件だった。  賢斗への想いは日増しに強くなるのに、妹として接しなければならない。そんな葛藤が私を苦しめたけど、賢斗はどう思っていたのだろうか。  結局、賢斗は大人になると父との養子縁組を離縁したものの、研究所に住み着き父のオーパーツ研究を手伝うようになった。  賢斗が亡くなってから7年。私がここに来るのも7年ぶりだ。  私は青い瓦屋根の家の前に車を停めた。  子どもの頃に賢斗に教えてもらった通り、合鍵は玄関横の猫の置物の下にあった。  鍵を開けて入ると、中は7年前とはまったく違った様相を呈していた。  そうか。あの頃は綺麗好きな賢斗がきちんと整理整頓していたけど、彼が亡くなりここに通う人間が父一人になったせいで、ここまで乱雑に物が溢れかえってしまったのだろう。  でも今の私には、ここがどんなに散らかっていても構わない。  とにかく水を飲もう。さっきから喉が渇いて仕方なかった。  ウォーターサーバーの水をごくごくと飲んでから、FAX電話の前に立つ。案の定、父が壁に貼った電話番号一覧表の最後に渡辺さんの名前があった。 「渡辺さんのお宅ですか? ご無沙汰しております。池山喜一の娘の涼香です」  渡辺さんが私のことを憶えているか不安だったけど、すぐに「おうおう、涼ちゃんか! 古希のお祝いの壺、涼ちゃんが選んでくれたんだって? ありがとうな」と弾んだ声が返ってきた。  ショックを与えるのは申し訳ないけど、事実を伝えないわけにはいかない。「実は父と夫が……」と今朝のことをかいつまんで話すと、渡辺さんは「あの掛け軸が原因か?」と狼狽えた。 「やっぱり何かご存知なんですね?」  受話器を持つ手に力が入った。 「涼ちゃんの旦那が見つけた鎌倉時代の掛け軸を調べてほしいと、池山君が連絡してきたんだ。写真を見て驚いたね。若い頃わしが見た掛け軸にそっくりだったから」 「つまり掛け軸は本物だったんですか?」 「ああ、掛け軸自体は本物だ。貴重な資料だったのに、心無い者が宇宙船らしきものを描き加えてオーパーツに仕立て上げようとしたんだ」 「宇宙船⁉」 「池山君に渡した資料をFAXするよ。この電話は研究所からかけてきてるんだろう?」 「はい、お願いします」  電話を切るとすぐにFAXが送られてきた。合計5枚の紙を持ってソファーに移動し、私は急いで資料に目を通した。
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