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「賢斗よね? アマゾンで死んだとばかり……」
賢斗の顔をしっかり見たいのに、ブワッと涙が溢れてきてよく見えない。
でも、私が賢斗を見間違えるはずがないのも確かだ。
日焼けした肌。少し長めの栗色の髪。日本人離れした彫りの深い顔立ち。そして、優しい眼差し。
「賢斗、生きててくれたのね。良かった!」
「泣くなよ、涼香。おまえに泣かれると、どうしていいかわからなくなる」
困ったように眉を下げた表情も、そっと頭を撫でるぎこちない手つきも7年前と変わっていない。
「驚かせて悪かった。……座った方がいいんじゃないか?」
賢斗が私のお腹に目を走らせて言うから、自分が思っている以上にお腹が目立つようになっているらしい。
「うん、ありがとう。今、17週。妊娠5カ月よ」
週数で言われてもわからないかと思って言い直したけど、賢斗はピンと来ないようだ。
「悪阻は? 安定期に入ったのか?」
「うん、悪阻も治まったところ。それより大変なの! お父さんと秀太郎が」
「知ってる。亡くなったんだろ? さっき教授の家に行ったらパトカーが停まってて、野次馬たちが『殺人事件だ』って騒いでた」
「私が容疑者みたいよ」
私が肩を竦めると、賢斗は「だからおまえを捜しにここに来たんだ」と言ってソファーに座るように促してくれた。
7年もの間、消えていたくせに、まるで私のことなんかお見通しだと言わんばかりの賢斗に少しだけ悔しくなる。
「死んだんじゃなかったのなら、今までどこにいたの?」
「ブラジルだよ。川に落ちたときに頭を強く打ったせいで、記憶を失くしてたんだ。支流近くの村の女性に助けてもらって、ずっとそこで暮らしてた。自分が日本人だってことすら思い出せないままな」
「記憶喪失⁉ 7年も? それでいつ記憶が戻ったの?」
「3か月前だ。階段から落ちて、突然記憶が戻ったんだ」
「そんなことってあるのね」とまじまじと賢斗の顔を見つめた。
必死に彼を捜し回っていたときも、彼の死を受け入れて諦めたときも、彼のいない世界で生き続けなくちゃいけなかったこの7年間も。私もずいぶん辛かったけど、賢斗自身の苦しみに比べたら取るに足らない。
自分が誰でどこから来たのかもわからないまま生きてきた彼に比べれば。
「大変だったわね。でも! 記憶が戻ったんならすぐに連絡してよ。……もう日本に帰ってくる気がなくなってたとしても」
おそらくだけど、賢斗はその助けてくれた女性と結婚したんじゃないかと思った。
彼の左手の薬指にくっきりと指輪の跡があったから。
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