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大磯グランドホテルのスイートルームは、ドアを開けると3つの大きな窓から海が見えた。まるで美しい三幅対の絵を前にした気分だ。
部屋の中央には大理石の大きなテーブルが置かれていて、色とりどりの生花が飾られていた。
パノラマのような景観を堪能できる位置には、モスグリーンの見るからにフカフカしたソファーがある。
「面白い形だろ? 正8角形の半分がリビングで、もう半分が寝室になっている。バストイレはその向こう」
賢斗が寝室のスライドドアを開けると、シングルベッドが2つ並んでいた。
「素早いな」と賢斗が感心したように呟いたのは、さっきフロントで2名宿泊に変更した後、私たちが少しロビーで待っている間にダブルベッドからシングルベッドに入れ替えてもらったからだろう。
真っ白い布団に薄紅色の枕。サイドテーブルがある分、少し離れてはいるものの、2つのベッドが並んでいるのを見たら今さらながらドギマギした。
今夜私は賢斗と同じ部屋に寝泊まりすることになるのか。
そりゃあ昔は一つ屋根の下で兄妹として暮らしていたけど、さすがに部屋は別々だったし、賢斗は20歳になるとあっさり家を出ていった。
スイートルームがどんなに広くてベッドが別でも、やっぱりドキドキしてしまう。
でも、そんな私の緊張もときめきも賢斗には一切伝わらないようで、「海の見える大浴場は気持ちいいし、朝食も旨かったよ」と自慢げだ。
「賢斗。やっぱり私はあのソファーで寝るね。いくら元妹だとは言え、同じ部屋で並んで寝るなんて奥さんに悪いわ」
賢斗は私のことを何とも思っていないけど、私は今でも賢斗を愛している。
ううん。たとえ双方に一切の恋愛感情がなくても、これは妻の立場からしたらアウトだ。
「あー、それだけど……。俺、離婚したんだよ。だから気遣いは無用だ」
「離婚したの? いつ?」
「5年前。妻が子どもを欲しがってたのになかなか出来ないから検査したら、俺の方に原因があってさ。彼女、そのせいで急速に気持ちが冷めたらしくて浮気したんだ」
「奥さんが浮気? そんな!」
「まあ、こっちは命を助けてもらった恩があるし、子どもを欲しがってた彼女の望みを叶えてやることが出来なかったからお相子かな」
賢斗は自嘲気味に笑ったけど、私は憤懣やるかたない思いだった。
せっかくこんないい人と結婚できたのに、他の男性と浮気して賢斗の心を傷つけるなんて酷い。
不妊症の賢斗に不満があったとしても、妻は浮気する前に離婚すべきだったと思う。
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