256人が本棚に入れています
本棚に追加
5年前に離婚したはずなのに、賢斗の薬指にはくっきりと結婚指輪の跡が残っている。
別れた奥さんに未練があって、なかなか指輪を外せないでいたのかもしれない。
私はそんな気持ちで彼の左手を見ていたのに、賢斗は苦笑いを浮かべた。
「ああ、これ? 実は指が太って、離婚したときには結婚指輪が抜けなくなってたんだ。まあ女除けになるからいいかなと思ってそのままにしておいたんだけど、日本に帰ると決めたから指輪を切断してもらったってわけ」
「女除け? あらあら賢斗さんはブラジルではモテモテだったみたいね」
私が揶揄うと賢斗は「まあね」と肩を竦めたから、本当にモテモテだったようだ。
「いろいろあって疲れただろ? 夕食の時間まで少し寝れば?」
妊婦の私を気遣うように賢斗が言ってくれたから、私も素直に「ありがとう。そうさせてもらおうかな」と頷いた。
フッと肩の力が抜けたら猛烈な眠気が襲ってきた。私はそれに抗うことなく、ベッドに横になって目を閉じた。
夢に出てきたのは父でも秀太郎でもなく、なぜか田中奈美だった。
隣に住んでいたから、奈美とは幼稚園も小学校も中学校も一緒。
それどころか奈美は習い事のピアノも習字も英会話もスイミングも、全部私と同じところに後から入ってきた。
奈美は何でも張り合おうとするけど、どうやっても私には敵わなくていつも恨みがましい目で見ていた。だから違う高校に行けると決まった時、私は心底ホッとした。
その後ずっと接点がないまま過ごしていたのに、私が秀太郎と結婚すると奈美も弁護士と結婚して白山の私たちの新居の隣に引越してきた。
奈美がどういうつもりで私に付きまとってきたのかは知らないけど、彼女が一度も働いたことがなかったのは、教師の私に「涼香はあくせく働かなくちゃならなくて大変ね」と言いたかったからじゃないかと思う。
浮気が夫にバレて離婚し、奈美が実家に戻って母親と一緒に暮らし始めたのは半年ほど前のこと。
しばらくは家でゴロゴロしていた奈美だったけど、アパート経営をしている母親に「ちょっとは働いて家にお金を入れなさい」と叱られたため、私の実家の手伝いをすることにしたようだ。
夢の中の奈美は血まみれの手でペーパーナイフを持って立っていた。
最初のコメントを投稿しよう!