復讐を胸に

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「これを言ったら涼香に誤解されそうだけど、俺、本当は秀太郎に復讐しようと思ってたんだ」  何かを考え込んでいるみたいに黙っていた賢斗がやっと口を開いたと思ったら、彼の言葉はあまりにも衝撃的だった。 「復讐⁉ それは……どういう?」  ただ秀太郎の殺人未遂を警察に告発するということなら、殺されかけた人間としては当たり前のことだろう。  でも、それを”復讐”とは呼ばない気がする。 「秀太郎を殺すとか半殺しにするとか、そんなことを考えていたわけじゃない。けど、俺が味わった恐怖と苦痛の100分の1でもいいから、秀太郎に味わわせてやりたいと思ってた」 「恐怖と苦痛……」 「記憶を失ってた7年間も、ふとした瞬間に誰かの目が思い浮かんで俺を苦しめた。俺への殺意でギラギラした目。何がなんだかわからなくて、とにかく恐ろしかった」  川に突き落とされた時の記憶はなくても、殺意に満ちた秀太郎の目は忘れられないほどの強烈な恐怖となって賢斗の脳裏に焼き付いていたということだろう。  私は賢斗の苦しみを何もわかっていなかった。想像すらできていなかった。  今、賢斗に言われて少しはわかった気になっているけど、他人から殺意を向けられたこともなければ自分が何者か思い出せない苦悶も経験したことがない私には、本当の意味で賢斗の感情を理解することは永遠に出来ないのかもしれない。 「具体的に……秀太郎をどんな目に遭わせてやろうとか考えていたの?」 「いや? 例えば俺が秀太郎を橋の上から突き落とす真似をしようと思ったって、あいつが大人しく俺と一緒に橋に行くわけないからな。だけど、どうやって復讐しようかと考えることが、俺の心の支えになってたんだ」 「心の支えって?」  賢斗は記憶を失ったけど、ブラジルで結婚して仕事も順調だったはずだ。それは彼の身に着けているものを見ればわかる。「金さえあったらな」が口癖だった頃の賢斗とは全然違う。 「賢斗はブラジルで成功したんじゃないの? 着ている服も靴もバッグも財布も、全部一目見ただけで高価な品だとわかるわよ? だったら、復讐を心の支えにする必要などないと思うんだけど……」 「確かに裕福な暮らしが出来るまでにのし上がったよ。だが、そこまで這い上がるのに、俺がどれだけ苦労したと思う? 言葉も風習もわからない土地で!」 「そこまでの富と地位を築いた賢斗の苦労は、並大抵のものじゃなかったと思うわ。だからこそ秀太郎のことなんて忘れて、ブラジルで幸せに暮らしていれば」 「忘れられるわけない!」  私の言葉を遮って小さく叫んだ賢斗は、ベッドを拳で叩いた。
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