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「自分がどこの何者なのか。ずっと狂おしいほどに求めていた答えがやっと見つかった時、俺が一番に心配したのはおまえのことだった」
「え?」
ドキッとして顔を上げると、一瞬賢斗と目が合ったもののすぐに逸らされてしまった。
「7年前、ブラジルに行く直前、涼香は秀太郎にプロポーズされたと言ってただろ? そして、秀太郎が俺を川に突き落としたのは、邪魔な俺を排除しておまえを確実に手に入れるためだった。そうとしか考えられない。だとしたら、涼香は今あの殺人犯と結婚して一緒に暮らしてるはずだ。そう思ったら、何としてもおまえを秀太郎から引き離さなくちゃいけないと考えたんだ」
「それなのに父のフリをした秀太郎に、私が妊娠してることを告げられたのね」
「ああ」と苦々し気に頷いた賢斗は、私が絶対に中絶などしないことをわかっていたのだろう。
「秀太郎の殺意は俺だけに向けられたもので、涼香を手に入れた今は悔い改めて真人間になっているに違いない。そう自分に言い聞かせて一旦は諦めた」
「だけど電話に出たのが父ではなく秀太郎だと気づいて、賢斗は秀太郎への復讐を胸に秘めながら帰国したのね?」
それなのに秀太郎は誰かに殺されていて、賢斗は恨みつらみを秀太郎にぶつけることも出来なかった。
でも、結果的にそれで良かったのだと思う。
もしも賢斗が父の家で秀太郎と鉢合わせしていたら、直情径行な賢斗のことだから秀太郎をボコボコに殴っていたかもしれない。
ブラジルでの殺人未遂を立証することはほぼ不可能だ。賢斗が突き落とされたと言っても証人も証拠もないし、その後7年間も記憶喪失になっていた人間の記憶だけでは、秀太郎を有罪にするのは難しいだろう。
となると賢斗は情状酌量もされず、秀太郎への暴行罪か傷害罪かで起訴される羽目になっていた。
「正直、日本に帰ってくるのが怖くもあったんだ。俺の家族はもう教授と涼香だけだけど、2人が俺を受け入れてくれるのかもわからなかったし」
「どうして⁉ お父さんも私も賢斗のことを必死で捜したのよ? 生きて帰ってきた賢斗を受け入れないわけないじゃない」
涙が溢れてきて最後の方は上手く言葉にならなかった。
「ごめん。……泣くなよ。本当におまえは昔っからそうだよな。卒業式でもお袋さんの葬式でも泣かなかったくせに、俺のこととなると涙もろくてさ。だから俺は……」
賢斗も涙を堪えるみたいにキュッと下唇を噛んだ。
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