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「涼香、俺は」と賢斗が何か言いかけたとき、私のスマホがプルルルルと電話の着信を告げた。
「丸さんからだわ。捜査に当たってる警察官よ」
私が電話に出ようとすると、賢斗が私の手を掴んで止めた。
「俺がアマゾンで秀太郎に殺されかけたことは警察に言うなよ。秀太郎のご両親の気持ちを思えば、死者に鞭打つことはしたくない」
確かにこのことが世間に知られたら、被害者の秀太郎が実は7年前に人を殺そうとした極悪人だったと騒ぎ立てられかねない。
だからと言って秀太郎の犯罪を隠していいものだろうか。秀太郎のせいで賢斗は大怪我を負って、7年もの間記憶喪失で苦しんできたのに……。
あ……でも。今そのことを警察に話したら、賢斗が秀太郎を恨んで殺したと疑われてしまう?
迷いながら着信ボタンをスライドさせ、賢斗にも丸さんの声が聞こえるようにスピーカーにした。
「すみません。池山さんのノートパソコンの暗証番号って、涼香さんご存知ですか?」
丸さんによると、近年、警察ではパソコンやスマホのデータ解析が犯罪の立証に繋がるとして、デジタル・フォレンジック(犯罪の立証のための電磁的記録の解析技術及びその手続き)に力を入れているらしい。
ただ、その技術はサイバー犯罪などに優先的に使われていて、今回のような殺人事件の被害者のパソコンを開くということは後回しになっているのだという。
「いえ、知りません。誕生日とかじゃないですか?」
私が首を傾げながら答えると、丸さんは「池山さん本人と、亡くなった奥様、娘の涼香さん、池山さんの亡くなったご両親などの誕生日を試しましたがダメでした」とため息交じりに言う。
「明日事情聴取を受けにそちらに伺いますので、それまでに父が暗証番号に設定しそうな数字を書き出しておきます」
私がそう言うと、丸さんは「お願いします」と言って電話を切ろうとした。
「あの! 防犯カメラに犯人は映っていなかったんですか?」
私が慌てて尋ねると、丸さんの答えは意外なものだった。
「実は池山家の防犯カメラの映像はすべて消去されていました」
「消去⁉」
犯人の姿が映っていないとなると、私の無実は証明できない。
ガックリと項垂れた私に、丸さんが「でも安心してください」と励ますように声をかけてきた。
「今、映像データの復元を試みていますし、涼香さん、あなたには消去する時間がなかったことはわかっています」
「え? どういうことですか?」
「向かいのお宅の車のドラレコに、涼香さんが実家に着いたときの様子がバッチリ映っていました。田中奈美さんが通報するわずか数分前です。つまり、あなたは2人を殺害する機会はあったものの動機はないし、防犯カメラのデータを消去する時間的余裕はなかった」
「消去した何者かが犯人だということですね」
「そうです。では明日お待ちしています」
丸さんは性急に通話を終了させた。
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