底なしの闇

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「警察署には一緒に行ってくれるのよね? お昼、どうする?」  私がテーブルの上に広げられたカタログ類を片づけながら言うと、賢斗は「あのラーメン屋、まだある?」と訊いてきた。 「家族でよく行った? あそこは去年潰れたわ。ラーメン屋がいい?」 「何でもいい」  ”何でもいい”が一番困るのよと苦笑しながらも、私は近所のお気に入りの生パスタ専門店を思い浮かべていた。  賢斗は麺類なら何でも好きという男だったけど、特に好きなのがパスタだった。  休日のお昼は2人でよくパスタを作って食べたものだ。  賢斗がソース作り担当で、私が麺を茹でる係。でも、茹で上がった麺をザルに上げてくれるのは賢斗だった。「涼香が火傷するといけないから」と言って。 「旨いな! むちゃくちゃ旨い!」  賢斗の声にハッと我に返った。    賢斗との思い出がいっぱいありすぎて、事あるごとに溢れ出しては胸が苦しくなる。 「ほら、伸びるぞ! 涼香も食えよ」  生パスタを美味しそうに頬張る賢斗に、私も釣られて食が進んだ。  賢斗と一緒なら何でも美味しい。そう思ってしまった私は、やっぱりまだ賢斗のことを愛しているのかもしれない。    「ねえ、お父さんのパソコンの暗証番号だけど、もしかしたら賢斗がうちに来た日じゃないかな?」 「は?」  賢斗がありえないという顔をしたから「だってお父さん、凄く喜んでたから」と言うと、「そうだったか?」と賢斗が首を傾げた。  亡き親友の息子を無事引き取れたという安堵感もあっただろうけど、何よりも父は”息子”が出来たことを喜んでいた。  娘じゃダメだったのかと私は密かにムッとしていたんだけど。  警察署に着いて受付で名前を書き「事情聴取を受けに来ました。丸巡査部長をお願いします」と言うと、廊下のベンチで待つように言われた。  もう容疑者扱いはされないと思うけど、やっぱり少し緊張する。 「涼香が警察署に入った途端に警官たちに包囲されて、床にうつ伏せにされるんじゃないかと思ってた」  賢斗がからかうから少しムッとしたけど、彼が一緒にいてくれたから恐怖も苛立ちも感じなくて済んでいる。  賢斗は昔からそうだ。そこにいるだけで大丈夫だと思わせてくれる何かがあった。 「ありがとう。賢斗がいてくれて心強いよ」 「安心しろ。俺は何があってもおまえの味方だから」  ポンポンと頭を撫でられて、微笑み合う。  ところが、急に受付の方がざわつき始めた。 「すみません。もう一度お名前をお願いします」  さっき受付にいた女性とは別の中年男性が賢斗の前に立った。
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