底なしの闇

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 私はザッとフォルダ名を見ようと思ったのに、丸さんは左上のフォルダーから順番に開いていくつもりらしい。彼女が最初に開いたフォルダーは、大磯町の歴史に関する資料だった。  そういえば大学で教鞭をとっていた頃、父は新聞社かどこかから頼まれて大磯にまつわるエッセイのようなものを書いていた時期があった。そのとき集めた資料だろう。 「これは違いますね」  すぐに次のフォルダーを開こうとする丸さんを「ちょっと待って」と止めたのは賢斗だった。 「このCameraって何だろう?」  賢斗が流暢な発音でCameraと言うから、思わず彼の顔を見てしまった。  アマゾンに行くまでは英語が大の苦手だったのに。  ブラジルは公用語がポルトガル語で、私が賢斗を捜しに行ったとき思った以上に英語が通じなかった記憶がある。  ポルトガル語だけでなく英語も上達したということは、賢斗はグローバルな仕事をしているのかもしれない。 「カメラ……。見てみましょうか」  丸さんがフォルダーを開くと、動画ファイルがいくつも入っていた。  何の動画だろう?  人の日記や手帳をその人の許可も取らずに覗き見るような後ろめたさと、もしかしたらエッチな動画なのではという警戒心から、私はノートパソコンから目を逸らして賢斗の顔を見た。  賢斗は何のためらいも見せずにパソコンを注視している。 「これは家の中の映像ですね」  丸さんがそう言っても、私はまだパソコンを見る勇気が出なかった。  父はまだ68歳だった。家の中で女性ときわどい動画を撮っていた可能性だってある。   「どうやら寝室と書斎と応接間に隠しカメラを仕掛けていたようですね」 「隠しカメラ⁉ 父が?」  驚いて思わず動画を見ると、寝室を掃除するやる気のなさそうな奈美が映っていた。 「日付を見ると、4か月前からです」 「ああ! 田中奈美に家の掃除を頼むようになった頃です」 「なるほど。池山さんは奈美さんを完全に信用していたわけじゃなかったということですか」 「これはセンサーが人を感知すると、自動的に録画が開始されるタイプですね」  賢斗が丸さんの横からパソコンに顔を近づけたから、2人の距離の近さにモヤモヤしてしまう。 「そうですね。池山さんは奈美さんに掃除を頼んだ日にだけカメラの電源を入れていたのでしょう。映っているのはほとんど奈美さんですから」 「カメラのデータはパソコンに送信され保存されていたんですね。玄関の防犯カメラもそのタイプだったら良かったのに」  あの防犯カメラは私が住んでいた頃に設置した古いものだから仕方ないのに、つい愚痴を零してしまった。
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