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「帰宅した涼香が『向こうが無言だから、私も無言で手紙を突き返した』って言うから、俺、慌てて行ってみたんだよ。そしたらビリビリに破かれた手紙が落ちててさ。差出人の名前が岸田信蔵。わざわざフリガナが振ってあった」
「全然思い出せないけど、そいつがあの警官? 今の賢斗の話だと、賢斗が見たのは手紙だけで本人の顔は知らないはずでしょ?」
私が尋ねると、「あー、実はさ」と言いにくそうな声を上げた賢斗とバックミラーで目が合った。
「うちの中学にはそんな名前の奴いなかったから、隣まで見に行った」
大磯町には中学が2つしかないから、こっちの生徒じゃなければあっちとわかる。
「で?」
「校門のところで岸田信蔵を呼び出して、『妹に手を出すんじゃねえ!』って脅したから、あいつの顔を見てるんだ。面影が残ってるよ」
「もう! 昭和のヤンキーじゃあるまいし」
呆れた顔をしてみせたけど、私は内心嬉しかった。
そうやって賢斗が私を守ってくれていたなんて!
「あいつ、涼香にフラれたことを未だに根に持ってるんだな、きっと」
「賢斗に脅されたこともね。岸田が担当刑事だなんてうんざりしてたけど、私たちに個人的恨みがあるなら丸さんに言って担当を外してもらえるかも。あとで電話してみる」
そう話していたのに、ホテルの部屋に戻った私たちは岸田のことなんかすっかり忘れてしまった。
寝室の大型テレビでホテルのルームサービスを見て、賢斗と2人で夕食に何を頼むかで大いに迷った。
新鮮な魚介類をふんだんに使った海鮮料理か、うなぎ尽くしか。
結局太っ腹な賢斗がどちらも頼もうと言ってくれて、私たちは昨日とは打って変わって豪華な夕食を堪能した。
「良かったよ。涼香が思ったよりショックを受けてなくて。人間、食べられれば何とかなるからな」
7年ぶりのうなぎを美味しそうに頬張りながら、賢斗が微笑んだ。
「ショックって秀太郎が犯人の一味だったってこと? そうね。秀太郎が7年前に賢斗を殺しかけたって聞いたときの方がずっとショックだったから。……それにギクシャクして秀太郎の浮気を疑ったりしてたしね」
「妊娠がわかった途端にそれじゃあ辛かったな」
「うん」
初めての妊娠だから不安でいっぱいなのに、母はとうに他界しているから相談できないし職場では流産したばかりの同僚に気遣って話も出来なかった。
親しい友人たちはみんなまだ独身だったり結婚していても子どもは作らない主義だったりで、私には秀太郎だけが頼りだった。
それなのに一緒にマタニティーライフを手探りで進んでくれると思っていた秀太郎に避けられて、情報誌や先輩ママさんのブログを読み漁っては協力的じゃない夫に絶望していった。
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