底なしの闇

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「日本語がわからなくて不登校になる子どもたちが多いから、民間の学習施設を作って月謝を取ってポルトガル語と日本語をしっかり教える」 「月謝を払えるかしら。それにポルトガル語も教えるの?」 「どちらの言語も中途半端な子が増えてるんだよ。だから両方を話せるようにする。そうすれば大人になった時に就労の機会が増えるだろ? 月謝はなるべく低く抑えるけど、将来的にはそこで学んだ高校生をバイトとして雇って先生役になってもらえるようにしたいんだ」 「なるほど。いろいろ考えてるのね」 「一緒にやってみないか?」 「え⁉」  すっかり他人事だと思って聞いていたから、意表を突かれて言葉に詰まる。  でも、自分の中にワクワクした気持ちが膨れ上がるのを感じた。 「実際に開校できるのは何年も先になると思う。場所を決めて土地を購入して学校を建てて。教員も何人か雇う必要がある」 「一緒にやってみたいとは思うけど、冬にはこの子が生まれるからどこまで手伝えるかわからないわよ?」  ブラジル人学校設立を一から始めるなんて、育児と両立できるのか見当も付かない。 「開校して学校運営が軌道に乗るまでは、涼香はそのまま先生を続けてていいよ。ただ時々相談に乗ってくれると助かる」 「そうね。私も育休明けすぐに辞めるなんて無責任なことしたくないし。じゃあ、ゆくゆくは一緒にやるってことで」  2人で頷き合った。  夕食を食べ終わって、昨日と同じように入浴を済ませたらやっぱり賢斗は先に寝ていた。 「ベビちゃんも疲れたわね」  お腹をさすって目を閉じたら、私もあっという間に夢の中に落ちていった。 *** 「全部涼香に話して、おまえとは離婚させる!」 「お腹に僕の子がいるんだから、涼香が捏造程度のことで離婚するわけない」  父が鼻息荒く言い募っても、秀太郎はどこ吹く風で肩を竦めた。  ああ、そうか。これは夢だ。  まるでテレビでドラマの続きを見ているように、私は冷静だった。 「だったら不倫はどうだ? おまえ、田中奈美と不倫してるんじゃないか?」  父の言葉に衝撃を受けた私は「は⁉ 何言ってるの?」と声を上げたけど、もちろん2人には私の声は聞こえない。    血相を変えた秀太郎が父をペーパーナイフで刺そうとして、父はそばにあった灰皿で秀太郎を殴った。 「やめて!」  自分の叫び声で飛び起きると、隣のベッドから「おい、大丈夫か⁉」と賢斗が声を掛けてきた。 「あ……」  夢か……。ビックリした。 「待ってろ。水持ってくるから」  賢斗がベッドから下りて寝室を出ていくのをボーッと眺めていた。  リビングの大きな3つの窓からは明るい空と海が見える。もう夜が明けたらしい。  すぐに戻ってきた賢斗から「ありがとう」とグラスを受け取って、一口飲む。 「イヤな夢見たの。お父さんと秀太郎が殺し合う夢。それに秀太郎が奈美と不倫してたって」  なんであんな夢見たんだろ。呟いてから、ゴクゴクと一気に飲み干した。
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