ある朝突然に

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 秀太郎に電話してみようか。ふと思いついてタッチパネルに手を伸ばしかけたけど、やめた。  秀太郎に今、「オーパーツを見つけたんだって? おめでとう!」と言っても、はぐらかされる気がする。  父がどこから情報を掴んだのかは知らないけど、秀太郎本人からオーパーツ発見を知らされたのではないようだった。  師匠である父にも妻である私にも秘密にしているのは、もしかしたら今度出す本のせいかもしれない。  新たなオーパーツの発見をこの本の目玉にするのなら、おそらく出版するまでは情報を漏らさないとする契約を出版社と結んでいる可能性がある。    それに……。  私は秀太郎が今、どこで、誰と何をしているのか知らないから、迂闊に電話できないのだ。  電話をかけて、秀太郎ではなく女性が出たら?  ヒロインが夫の不倫相手に「ご主人は今シャワーを浴びてますけど?」なんて平然と言われるドラマのワンシーンが頭を過って怖くなる。  妻なのだから、夫の不審な行動を徹底的に追及すべきなのはわかっている。お腹にベビちゃんがいるのだから尚更だ。  秀太郎が浮気していないとわかれば安心できるし、浮気の証拠を掴めたら離婚すればいい。幸い私は経済的に自立しているのだから。  でも……もしも彼が浮気していたとして、私にそれを責める資格があるだろうか。  ずっと賢斗を忘れられない私に……。  鬱々とした思いで運転していた私は、いつの間にか実家の近くまで来ていたことに驚いた。  この辺りは昔とあまり変わっていない。  海辺にはサーファーや釣り人の姿が見え、松林が延々と続いている。  高台に建つ私の実家からは太平洋を一望でき、水平線を真っ赤に染める夕焼けは見事なまでに美しい。  そういえば今年はハマヒルガオの花の見頃を逃してしまった。  母はあの淡いピンク色の可憐な花が大好きだったから、生前は毎年のように母と二人で砂浜を歩きながら愛でたものだったのに。  早いもので来年は十三回忌か。  また沈みがちになりながら車を敷地内へと進ませた私は、玄関ポーチの前にターコイズブルーの車が停まっているのを見て驚いた。  あれは秀太郎の車だ。    父が私を呼んだのは秀太郎が発見したオーパーツに関係あると言っていた。  もしかして父は秀太郎のことも呼んでいたのだろうか。  キーケースに付けていた合鍵で玄関を開けた。 「お父さん、お待たせ。来たわよ」  声を掛けながらエントランスホールを抜けて奥へと進む。  応接間のドアはいつも開け放たれているから私の声が聞こえているはずなのに、なぜか返事がない。 「お父さ……」  応接間に一歩足を踏み入れた私は息を飲んだ。  父と夫が血まみれになって床に倒れていたから。
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