ある朝突然に

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 やがてサイレンの音と共に救急隊員が家の中に入ってきた。たぶん外にいた奈美が鍵を開けて入れたのだろう。窓の外には赤色灯を点滅させた救急車が停まっている。  立ち上がろうとしたら、足に力が入らなくてフラついてしまった。  すると、(まる)と名乗る女性警官が「大丈夫ですか? 一旦部屋の外に出ましょう」と手を貸してくれた。  血だまりを避けて応接間を出る。通報者である奈美は、庭で別の警官に身振り手振りで説明している様子だ。  私は第一発見者ということで、エントランスホールでいろいろ質問をされた。  何のためにここに来たのか。家に到着したのは何時か。応接間に入った時の状況は、などなど。 「父は亡くなったんでしょうか? 夫も……」  手ぶらで帰っていく救急隊員たちの後ろ姿を見ながら丸さんに尋ねると、これから警察署の霊安室に搬送され検視が行われるという。  2人ともやっぱりもうダメなんだ。嗚咽が漏れそうになって口元を手で覆った。  どうしよう。お腹のこの子を1人で産んで育てていかなくちゃいけない。私に出来るだろうか。  ううん、出来なくてもやらなくちゃ! 「お父様はあなたに話があると言って呼んだんですよね。その話とはなんでしょう? 何か言っていませんでしたか?」 「夫の研究に関することだと電話で話していました。亡くなる直前、父は私にこれを渡してきて」  握りしめていたコインロッカーの鍵を丸さんに差し出した。「鎌倉駅のコインロッカーの鍵だと言っていました」と。 「父が今わの際に言ったのは『パソコンに』という言葉です。机の上のノートパソコンを指差しました」 「なるほど、パソコンですか。他には? 自分を襲った犯人が誰かは言っていませんでしたか?」 「何も。……そうですよね。普通はダイイングメッセージなどで犯人の名前を残したりしますよね。ということは見ず知らずの人の犯行ということでしょうか」  父は秀太郎の安否も尋ねなかった。2人で話しているところに強盗がやってきて襲われたのなら、「秀太郎は無事か?」とまず訊くだろう。 「ダイイングメッセージだと? 小説じゃあるまいし」  若い男性警官がバカにしたように言って、丸さんの横に並んだ。 「通報者の田中奈美によれば、彼女が窓から中を覗くと大谷涼香が2人の遺体のそばに座っていて、凶器のペーパーナイフを血まみれの手で持っていたそうだ」  大谷涼香本人が目の前にいるのに、男性警官はまるで私がいないかのような口ぶりだ。  そして奈美の証言だと、私が2人を殺したかのように聞こえる。  やっと私は自分がマズい状況に置かれていることに気がついた。
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