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「あけみさん、まさか君がそんなことするなんて。素敵な人だなあと思っていたけど、これからは少し距離を置かせてもらうよ」
「健次郎さん、これは誤解ですわ。わたくし、そんなつもりでは──」
イケメンで学年でも一番の人格者といわれている男子に、冷めた視線を浴びせられ、目元パッチリでつややかな黒髪を縦カールにしている女子は、高級そうな扇子で涙目になった目元をおおいながら、急ぎ足で教室を出ていく。
はあ、はあ、はあ。
これで、やっと二人目。
憧れで推しの健次郎さまを狙うメス猫を、破滅に追い込めた。
あけみ女子の身体をあやつり、彼女を破滅するように仕向けた使い魔たちは、彼女の身体から離れて、教室の壁をすり抜け私の下に戻ってきた。
私にしか見えない、召喚主である私のために働く使い魔たち。
彼ら使い魔は、目元だけが見える黒いずきんを頭からすっぽりとかぶり、全身を黒い装束でおおった集団だ。
そう、それはまるで、演劇の舞台で演者を補助するため、演者の手足を自由に操る黒子たちのよう。観客からは見えているけど、演者たちからするとそこにはいない、黒い存在、黒い集団。
黒い集団を使うたび、代償として私の体力は急激に消耗する。
だけどかまわないわ、たとえ命が尽きようが。
そんな彼らを使って、私は推しサマのため、推しサマに付きまとうメス猫たちをつぶしていくの。
* * *
あとはネットで取り寄せた黒ヤモリの粉を中心に置いて、と。
ふう。とりあえずこれでいいのかな?
私は、一息つくために台所の冷蔵庫からカルピスウォーターを取り出して一口含む。
今日はお母さんとお父さんがお出かけで家に誰もいない。
リビングのソファーを部屋の隅に移動してから、空いた場所に魔法陣が描かれたカーペットを広げる。
最近のネット通販てすごいんだよね。海外で有名な魔女が作成した、魔法陣の描かれたカーペットが簡単に手に入るんだもの。
これを使って付属するマニュアルに従った手続きを行えば、誰でも簡単に使い魔を呼び出せる。そんな触れ込みに、ええい騙されてもいいやと思って注文してみれば。
届いたカーペットに書かれた呪文は本物だと私の心が告げる。
全ての準備を整えたら、あらかじめダウンロードした召喚の詠唱データ、取り寄せた魔法陣に特化した詠唱データをスマホを使って部屋中に流す。
すると、それを合図に、部屋の中には黒い霧が立ち込める。
そうして現れたのが、今回私が使役している黒い子たちだった。
* * *
「あるじ様、恋のライバルとやらを蹴落とすためには、あるじ様にもそうとうな負担がかかりまする。それに、ライバルを倒しても、また新しいドロボウ猫とやらが現れる、イタチごっこではありませんか」
黒子たちのリーダが、彼女の苦しそうな姿を気にしながらおずおずと話しかける。
「そんな不毛な戦いを続けるよりも、あるじ様を好いている男子を探す方が有効なのでは? 実は、すでに、めぼしい男を連れてきておりまする」
「なにいっているのリーダーさん。私みたいなモブ女子を好きになる男子なんかいるわけないでしょ? だからこそ、私は推しメン生活で青春を謳歌しているの。わが人生に一片の悔いなし、よ」
首をぷるぷると振りながら、自分の行動を正当化、美化しようとするマチ子。
そんなマチ子の後ろから、黒子たちに付き添われて、そっと声をかけるメガネの男子。
「マチ子さん、ぼくと付き合ってください」
「え!! こ、こ、こんなモブの私でもいいの」
彼の突然の告白に目を白黒させて、顔を真っ赤にしながら返事をする彼女。
「ぼくにとって、君はモブじゃない。この世でただ一人のヒロインだよ」
彼の両手には、黒子たちによって用意された百本のバラが握られていた。
* * *
「あるじ様、よかったですね」
「ああ、君たちのおかげだよ」
黒子のリーダは、彼の背後からひそひそ声で話しかける。
バラを受け取って体中が真っ赤になり、心ここにあらず状態になっているマチ子さんに聞こえないように。
まさか、マチ子さんがまったく同じ呪文の書かれた魔法陣のカーペットを購入して、使い魔を召喚するなんて。
そして、一言一句が同じ魔法陣だと、召喚される使い魔も同じ黒子たちになっちゃうなんて。
そんな説明、付いてきたマニュアルにはどこにも書いていない。
でも、結局、マチ子さんと僕、二人の召喚主の幸せを考えたら、これが一番だものね。
彼女と付き合おうと思って用意した僕の部屋の魔法陣カーペット。彼女が僕の部屋に来る前に、見つからないように片付けなきゃ。
(了)
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