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だが、一部の魔術師たちが魂の研究と称して倫理的にアウトな研究をし、それがのちに大規模な人身売買に繋がったため、真っ当な魔術師たちも偏見の目でみられるようになり、やがて表舞台から姿を消したという悲しい歴史がある。同時に魔術も衰退し、現在は占いやおまじないといった形で残っているくらいだ。
今では、占いやおまじないも一般的なものなので、目の前の女性が魔術師の血を引いていると聞いても嫌悪感はない。むしろ魔術師が活躍したのは大昔なので、それだけ歴史のある家の御令嬢なのだと予想がついた。家門など関係なくお喋りをしたいという相手の気持ち汲み、触れはしなかったが。
女性同士、占いの話をするのはとても楽しかった。二人が打ち解け、ソフィアが幼い頃に自作した占いの話を披露するのに、それほど時間はかからなかった。
「お天気占い?」
すっかりため口になったメーナがソフィアに尋ねる。ソフィアは少しだけ恥ずかしそうに俯きながら小さく頷いた。
「ええ。履いている靴を飛ばして、靴が表だったら晴れ、裏だったら雨、横だったら曇りっていう占いなの。占いっていうより、私が小さい時に思いついた遊びなんだけど……」
「でもお遊びだと一蹴するには早いわ! 一度やってみてよ!」
ソフィアは迷った。ちらっと周囲を見るが、自分とメーナ以外は誰もいない。
(なら……いっか)
安易にそう判断すると、ソフィアは座っていたベンチから立ち上がり、右足を引いた。
「じゃあいくわよ? あーした天気になぁーれ!」
右足からソフィアの靴が勢いよく飛んだ――かと思うと、靴の軌道上に突然現れた男性に直撃してしまったのだ。
全身から一瞬にして血の気が引き、顔から手先まで冷たくなっていく。
何故なら靴をぶつけた相手は、ソフィアが一目見るために夜会に参加したお目当ての人物――オーバル・アレクトラだったからだ。
相手は一目惚れの相手以前に侯爵家当主。
今すぐ謝罪をしなければならないのに、罪悪感と恐怖が勝って、声が喉の奥から出てこない。
体が固まり、焦りで心が一杯になる中、
「もうっ、お兄! なんで靴を取っちゃったの⁉」
怒りに満ちた声が、ソフィアの石化を解いた。
声の主はメーナ。
彼女の言葉通り、オーバルはソフィアの靴を握っていた。どうやら、上手くキャッチしたようだ。
メーナは臆することなく大股でオーバルに近づくと、彼が握っているソフィアの靴に視線を向け、頬を膨らませた。
「もう! お兄が靴をキャッチしちゃったせいで、占いの結果が分からなくなったじゃない!」
「いや、突然何かが飛んできたから、咄嗟に掴んでしまっただけで……占いをしていたのか? 靴を飛ばして?」
「そうよ! 飛ばした靴がどの向きで落ちるかで、明日のお天気を占っていたの!」
メーナが文句を言っているが、ソフィアを更なる混乱の渦に巻き込むには十分すぎる会話だった。
(オーバル様をお兄って呼ぶってことは……メーナはアレクトラ侯爵家の方⁉)
相手の気持ちを汲み、家名を聞かなかったことが仇になった。血の気が引くどころか、恐怖で指先が震えている。
オーバルの目が手に持っている靴に向き、そしてソフィアを見た。
お前の靴かと言葉なく尋ねるような動きに、ソフィアは我に返ると、深く頭を下げて謝罪した。
「も、申し訳ございません、アレクトラ侯爵閣下! お、お怪我はございませんでしょうか⁉」
頭を下げた謝罪だけでは済まない気がし、ソフィアはその場で土下座をするために腰を下げようとした。
すっかり態度を変えてしまったソフィアを見て、メーナは大きくため息をつくとオーバルに突っかかった。
「だーかーら嫌なの! お兄が来ると、気軽にお喋りも出来なくなるから! せっかく研究仲間を見つけたっていうのに!」
「理由はよく分からないが……何か……悪かった、な?」
「何で謝ってるのに疑問形なのよ! お詫びとして今度研究に使う水晶、百個買ってよね! もちろん、ウォルザーブ産の質のいいやつよ?」
「ウォルザーブ産か……あれは結構値がするんだが……」
「……返事は?」
「分かった」
オーバルの声色は明らかに不満を述べていたが、交渉は成立だ。メーナの表情から怒りが消え、満足そうな笑みへと変わる。
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