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「! ありがとうございます」  ――来てもらって、良かった。  今日から、ここを……居場所にしてもいいんだ。  そう感じられるその言葉は、じんわりと私の胸にしみ込んだ。 「……ところで。あなたの演奏には、傷や精神を癒す力があるな?」 「!」  ガロンさんには、特に怪我とかなさそうだと思っていたけれど。  この力に気づくとは、もしかしたら、何か不調な部分があったのかしら。 「……そんなに心配そうな顔をしなくていい。ただの肩こりだ」  なるほど。魔王だったら、机仕事なども多そうだものね。 「それで、話を戻すが……、その力のこと、アドルリアではどれほどの人が知ってる?」 「私と……あとは、一人だけ、だと思います」  レガレス陛下。私の初恋だった人を思い浮かべながら、答える。 「そうか。良かった。それなら国のために利用されるようなことはなかったんだな?」 「はい」  そういえば、そんなこと一度もなかった。  あの一度以外、曲は、いつも聖花たちにしか聞かせていない。  聖花に捧げる演奏は、本来、聖花しか聞いてはいけないのだ。  レガレス陛下は、私にこの力について話しかけることもなかった。  ……なんて、六年も前のことなんて、単純に忘れてしまったのかもしれないけれど。 「あなたのその『力』だが――、おそらく女神の祝福だろうな」 「女神の祝福?」  小さく頷くと、ガロンさんは続けた。 「あぁ。音楽を愛す者に稀に与えられることがあるらしい」 「……そうなんですね」  音楽のことは迷いなく愛している、と言えるけれど。祝福を与えられるほど、たいそうな人だとは思えない。だから、私は……。 「ラファリア?」 押し黙った私を心配そうにガロンさんとアギノが見つめていた。 「いえ、何でもありません」  そんな二人を心配させないように、微笑む。  たとえ、祝福に相応しいたいそうな人間でなくても、なれるように努力すればいい。  そういう私になればいいんだわ。 「では、ラファリア。今度こそ、部屋に案内しよう」 『ええー! ラファリアは、ボクの世話係なんでしょ。だったら、部屋だって、この部屋でいいじゃん!! ボクもっとラファリアといたい!』  アギノは、そう言っているけれど……。  確かにこの部屋は、二人で暮らしても十分すぎるほどに広い。 「そういうわけにはいかない。アギノ、異性と寝室を共にしていいのは、パートナーだけだ」  闇獣には、性別という概念が存在するのね。声は、幼い男の子みたいだと思っていたけど……。 『ちぇー』  アギノは、すりすりと私の足元に体をこすりつけると、うるうると紫色の瞳で私を見つめた。 『ラファリア、もう聖花に演奏きかせちゃだめだからね? 毎日ボクに聞かせてね?』 「ふふ、わかりました」  そもそも魔国には、聖花はない。  だから、演奏を聴かせることはないはずなのに、そう言ってくるアギノが可愛らしくて、その頭を優しく撫でる。 『!!』  すると、アギノは飛び上がって、さっと布団にくるまった。  嫌だった? 不敬すぎたかしら。  ショックを受けていると、くすりと笑う音がした。 「大丈夫だ。アギノは、照れているだけだから」 『……うるさい、ばかガロン!!』  アギノの反応からは、ガロンさんの言葉が図星だったことが窺えた。  ……よかった。  アギノの毛並みは、柔らかかった。  また、後日、二人きりのときだったら、触れさせてもらえるかしら。……なんて、不敬なことを考えつつ、ガロンさんに向き直る。 「それでは、ガロンさん。案内をよろしくお願いします。……アギノ、また明日お会いしましょう」 『じゃあね、ラファリア』  まだ照れているらしいアギノは、布団から出ずに、尻尾を振り返した。  ……ふふ、かわいい。 「あぁ、そうだ」  ガロンさんと一緒に、アギノの部屋を出ようとすると、ガロンさんが立ち止まった。 「アギノ、『鈴』を渡してもいいな?」 『うん、いーよ。……ラファリアになら』 「わかった」  鈴? 「ラファリア、手を」  言われるがまま、右手を差し出す。  その右手にころん、と小さな紫の鈴がついたバッジを渡された。 「……これは?」 「アギノの世話係の証だ。これを身に着ければ、正式に世話係になるが……改めて。我が国の闇獣の世話係になってくれるか?」  星のような瞳で、ガロンさんは私を見つめた。  これは、最後の確認だろう。 「はい、もちろん」  私が躊躇いなく頷くと、私の右手にガロンさんは手を重ねた。  すると……。  バッジが光って、そこに私の名前が刻まれる。 「!」  これも、魔法かしら。すごい。 「……ああ、そうだった」 「どうしました?」 「あなたの服を、変えても構わないか?」  えっ、ふ、服を? 「……あ、あぁ、いや。魔法を使って服を変えるので、俺が直接肌に触れたり、触ったり、なんてことはないから安心してくれ」 「……そうなんですね。わかりました、お願いします」  よかった。勘違いしてたわ。  ガロンさんがさっと右手を振ると、私の服が変わった。  紫を基調とした服で、手触りがよく、布の質が高いのがよくわかる。  楽器を使った演奏もしやすそうだ。  なんだか、新生活の始まりって感じだわ。  そう感じつつ、バッジを胸元に着けると、ちりん、と鈴が鳴った。 「よく似合ってる」 「! ありがとうございます」  嬉しい。 「ちなみに、その鈴には、アギノの力が込められている。この城で、そんな目に遭うことはないとは思うが。万が一、あなたが危険な目に遭った場合は、俺とアギノに伝わるようになっている」 「わかりました」  なるほど。安全ベルのような役割も果たすのね。 「……と、そうだな。あなたの詳しい待遇や、勤務については、歩きながら話そうか」
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