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気遣ってくれる人/胸に残る不安
――ユグが用意してくれた、温かいお風呂に浸かりながら、最近のことを考えていた。
この短い期間にいろいろあったけれど。
一番の驚きはやっぱり、私が、闇獣の世話係になったことだろう。
闇獣は、魔国をより豊かにする存在。
もちろん、闇獣だけではなくて、ガロンさんを始めとした、魔国の人々の頑張りも関係するんだろうけれど。
それでも、そんな大役に選んでもらった以上は、ちゃんと頑張りたい。
私は、<竜王の運命>にはなれなかったかもしれない。
でも……私を、選んでくれた人たちがいるから。
そう思っても、まだ胸が、ちくりと痛む。
それはきっと、それだけ私の中で大きな目標だったからだろう。初恋の人に、選ばれることが。
「レガレス陛下……」
レガレス陛下は、いつだって、慈しみの声で、マーガレット様を呼んでいた。マーガレット様だけの、甘さを含んだ声色。
もし、あんな声で、私の名前が呼ばれていたら……。
「なんて、馬鹿らしいわね」
失恋を引きずっていても、私が選ばれなかった事実は変わらないのに。
頭を振って、ネガティブな考えを追い出す。
「そうだわ、お風呂から上がったら……」
楽器の練習をしよう。
それから、喉のトレーニングも。
労働は五分でいいとは言われたけれど、それなら、その五分の質をなるべく高めたい。
「……うん」
少しだけ、前向きになってきた。
そうよ、変わるって決めたのだから。
浴槽から出ようとしたとき、ふと、お湯に浮かべられた、薄桃の花びらが手に触れた。
ユグが花の香りで、リラックスできるようにと、入れてくれたのだ。
「……ふふ」
この国に来て間もないけれど、こうして、気遣ってくれるひとがいる。
――もっと、自信を持っていい。
そう言ってくれたガロンさんや、私の演奏を気に入ってくれたアギノも。
そんな人が周囲にいることはとても幸福だな、と感じながら、私は今度こそ浴槽から出た。
◇◇◇
(花奏師長視点)
「おかしいわね……」
「花奏師長、どうしました?」
唸っていると、同僚の花奏師に話しかけられた。
「いえ……なんだか聖花の様子が変なのよね」
「変? 私には、いつもと同じように見えますが」
そうかしら。
透き通った銀白の花びらも、みずみずしい葉もいつもと、同じ……。けれど、なんだか、元気がない……ように見えるのよね。
「……わたしの勘違いかしら」
「そうですよ。もしかしたら、師長が、ラファリアさんがいなくなってさみしいからじゃないですか?」
――ラファリア。とっても腕のいい花奏師で、彼女の担当する聖花たちは、とても輝いていた。
そんな彼女は、けれど、もう、この城にはいない。
「……そうかもしれないわ」
彼女は、とても良い子だった。わたしにもよく話してくれて……、正直に言えば、私はマーガレットさんよりもラファリアさんの恋を応援していたのだけれど。
「きっとそうですよ。とりあえず、お茶にしません?」
いい茶菓子が手に入ったんですよ、そう言って笑った同僚に、微笑み返す。
胸に残る不安から、目を逸らすようにして。
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