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旅立ち
城を出るなら、新たな職を探す必要がある。
私は、花奏師だ。
王城の聖花たちに演奏を届けることが仕事。
だけど、誰にもーーいえ、ただ一人にしか言っていないけれど。私の演奏には、聖花を守る他に、もうひとつ、効果がある。
それは、怪我や精神を癒せるということ。
この力があれば、きっと、どこでだって生活していける。
そうでなくても、演奏の技術は毎日、磨いてきた。
どこかの一座に入るのもいいし、あてのない一人旅をするのだっていいでしょう。
私の実家ーートドリア侯爵家は、いつだって、私の味方だ。私がレガレス陛下以外との婚姻を望んでいないことを知っている。
だから。
きっと、大丈夫。
◇◇◇
出立の日は、すぐにやってきた。
花奏師長は、私がいないと困る、と言ってくれたけれど。
マーガレット様がいるから、大丈夫。
それに二人を見るのは、やはり辛いのだ、と告げると、許してくれた。
師長も私の想いを知っていた……知らないのは、マーガレット様とレガレス陛下だけ。
マーガレット様たちには出立の日も、城を出て行くことも、伝えなかった。
優しくて純真なマーガレット様には、止められるに決まっているから。
でも、そんなの余計惨めになるだけだ。
友人、と言っておきながら、こんなに自分のことしか考えていない。
だから、私ではだめだったんだろう。
改めてそう思いながら、空を見上げる。
ーー青い空には、雲ひとつない。
太陽に手をかざす。
もちろん、太陽に手なんか届くはずないけれど。それでも、ずっと、焦がれていた。
初めて出会った、あの日からずっと。
でも、そんな想いも、もうおしまい。
選ばれなかった私は、けれど、それでも、ラファリアとしての人生を生きていかなければならない。
私は一度だけ、城の方を向いた。
六年前の思い出が、演奏が、花の香りが、甦り、引き返したくなる。
それでも、選ばれたのはマーガレット様だ。
私じゃない。
その事実を噛み締めて、今度こそ、前を向いて、歩き出した。
◇◇◇
さて、どこにいこう。
実家は、いつでも迎える用意はできている、と手紙を送ってくれたけれど。
でも、実家に帰るつもりはなかった。
気を遣わせることはわかっていたし、もう十分我儘を言った。これ以上煩わせるのは、違うだろう。
……そういえば。
王都の街並みを歩きながら、ふと、立ち止まる。
「お酒、飲んでみたいなぁ……」
私は成人しているものの、花奏師だから、お酒を飲んだことがない。
花奏師は、聖花がお酒を嫌うため、任期中は飲酒できないのだ。
「うん。……せっかくだし、飲んでみよう」
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