香り

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香り

「はい。もちろん」  特に断る理由もないものね。  頷くと、マギリはとてもうれしそうに、ありがとうございます、と笑った。 「俺は、執務があるので今日はいけないが……」  ガロンさん、しょんぼりしてる? 「では、また後日、一緒にアギノに会いに行きませんか?」  別に私は今日でこの国を去るつもりはないのだし。  明日だって、明後日だっているものね。 「! ……そうだな」  ガロンさんが柔らかく微笑む。 「では、行ってきますね」 「あぁ、また」  ガロンさんに手を振り返して、執務室を出た。  ガロンさんの執務室と、アギノの部屋は遠くない。  マギリとユグの話などをしながら、歩いているうちにあっという間に着いた。 「アギノ、おはようございます。ラファリアです」  ノックをして、声をかける。 『ラファリア! 入っていいよー』 「ありがとうございます。入りますね」  そっと扉を開けて中に入る。  今日のアギノは、布団にくるまっていなかった。 「闇獣があっさり入室を許可したなんて……そんなことが……」  マギリは、頭を押さえながらぶつぶつと何か言ってたけれど。 「アギノ、調子はどうですか?」  アギノの元まで行くと、アギノは、座っていた椅子から降りた。 『きみのおかげで、ばっちりだよ。でも、少しお腹すいてきちゃった。……って、どうして、あほマギリも一緒なの?』  あほマギリ……。  昨日の、ばかガロン、でも思ったけれど、もしかして、アギノって口が悪い? 「それはもちろん、私も演奏を聞いてみたいと思ったのですよ」  マギリはきらきらと目を輝かせていた。 『ふーん。どうでもいいけど』  アギノは、私の足元に、体をこすりつけた。 「アギノ?」 『ラファリアは、ボクの世話係なんだからね』  そうでしょ、ときゅるんとした紫の瞳で、アギノに見つめられ、私は……。 『!!』  思わず、アギノの頭を撫でた。  とても柔らかくて、温かくて、心地がいい。……と感じてから、はっとした。 「アギノ、ごめんなさい!」  昨日、アギノを恥ずかしがらせてしまったから、二人の時とかに許可を取って、撫でようと思っていたのに。 『ラファリアなら、別に……いいよ』  やっぱり恥ずかしかったのか、横を向いて、だけれど、アギノはそう言ってくれた。 「ありがとうございます」  それが嬉しくて、思わずまた撫でる。……すると。 「闇獣が、触れるのを許してる――!?」  そう叫んで、マギリは倒れた。 「え、マギリ!? 大丈夫ですか?」  慌てて、マギリの体を揺するけれど、返答はない。 『どうせまーた仕事、徹夜でしたんでしょ……そんなのはほっといて、今日も演奏を聞かせてよ』  アギノはそう言って、ね、とさらに体をこすりつける。 「ですが……」 『ラファリアの演奏を聞いたら、起きるよ』  精神や傷を癒す力だったら、徹夜明けにも効くかしら。 「わかりました」  ひとまず、アギノの許可をとって、マギリにアギノの布団をかける。 「今日は、なんの楽器がいいですか?」 『歌う、だけじゃないの?』  興味津々、といった様子で瞳を輝かせたアギノに大きく頷く。 「ハープと、バイオリンと、ピアノとフルートと……」 『うーん。どれも素敵そうだけれど、ラファリアの声が好きだから、歌ってほしいな』 「わかりました」  私の声を好きだと言ってくれて、とても嬉しい。  ぎゅっと目を閉じて、意識を集中する。  今日は、どんな曲にしよう。  そういえば、今日は、晴れていた。そうね、せっかくだから、温かな日差しが木々の隙間から降り注ぐような、そんな曲にしよう。  息を吸い込む。  想うのは、アギノとこの国のことと……あとは、またしても徹夜明けのマギリのこと。  心を込めて、大切に一音一音、歌う。  アギノのお腹が満たされて、もっともっと、この魔国が繁栄しますように。  徹夜明けのマギリの疲れが取れますように。  そう、願って。  最後は、柔らかな余韻を残して、音を消す。  ……どうだったかな。気に入ってくれると、いいのだけど……。  目を開けて、アギノの方を見ると――。 『すっごーい!!』  アギノは、そういって私に飛びついてきた。  落ちないように、慌てて抱きとめる。 「お腹は満たされましたか?」 『うん! とってもいっぱいになったよ』  そういって、頭をこすりつけてくる。  ……ふふ、可愛い。  思わず、口角を緩めていると、アギノはすんすん、と私の匂いを嗅いだ。 『うんうん、聖花の香りも薄くなってきてるし、本格的にボクの世話係って感じ!』  ガロンさんも私から聖花の香りがするって言っていた。私には、感じられないけれど。 「アギノ、聖花の香りって……」 「ううーん」  アギノに尋ねようとしたとき、大きなうめき声が聞こえ、そちらの方を向く。  ……マギリだ。マギリは、大きな欠伸を一つした後、起き上がった。 「久しぶりにこんなにゆっくり眠れた気がする……それに体が軽い」  マギリは、きょろきょろと辺りを見回し、それから私とアギノを見て、ぱちぱちと瞬きした。 「世話係殿、演奏は……、それに胸に抱いているのは闇獣ですか!?」 『演奏なら、さっき終わったよ。あほマギリの体が軽いのは、ラファリアのおかげ。ラファリアの演奏には、不思議な力もあるんだから』  えっへん、とアギノが得意げに胸を張る。 「なるほど、不思議な力が……演奏が聴けなかったのは残念ですが。世話係殿、ありがとうございます」  丁寧に頭を下げた、マギリに慌てて首を振る。 「いえ、私はそんな……仕事をしただけなので」 『そうだぞ。マギリに聞かせたのは、ただの『ついで』なんだから! それに、こんなに触っていいのは、ラファリアだけだからね。勘違いしないでよ、あほマギリ』  ねー、と言って、アギノに頭をこすりつけられ、くすぐったい。  優しくアギノの頭を撫でて、アギノを胸からおろす。 「ところで、アギノ。……さっきも言っていた、聖花の香りって?」 『ああ、ラファリアにはわからないんだっけ。聖花……というか、ボクたちはね――気に入った人間に香りをつけるんだ』
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