好きだよ/現実

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好きだよ/現実

 ……なるほど。気に入られてる、というのはガロンさんから言われていたから納得できる。でも。 「なぜですか?」  聖花やアギノがそうする理由がわからない。 『それはね……まぁ、マーキングに近いかな。他のとこ……例えば、ボクにとっては聖花だね――に行っちゃわないように』  ……ということは、聖花は私をつなぎとめたかったのかしら。そう、思われるような花奏師になれていた? 「……っ」  なんだか、途端に胸が苦しくなる。  花奏師は別に私だけじゃない。だから、聖花は花奏師にはみんな香りをつけていたのかも。  ……それでも。  六年前に初めて見た聖花。  とても、美しかった。  そして、成長して花奏師として、見た聖花。  記憶よりもさらに美しかった。こんな聖花を守れる、花奏師になれて、誇らしかった。 『ラファリア?』  私――ちゃんと、聖花たちとお別れ、できたかしら。  最後の演奏の時、またね、って言った気がする。さよなら、っていえばよかった。今までありがとうって。 「私、わたし……」  自分が苦しいことばかりだった。  初恋が叶わなかったことが、苦しくて、自分が逃げることばかり考えていて。 『ラファリア、大丈夫?』  心配そうに、体をこすりつける、アギノにはっとする。  ――そうだ。  今の私は、もう花奏師じゃない。闇獣の……アギノの世話係なんだ。 「いえ、……心配かけてごめんなさい、アギノ」 『ううん。でも、顔色悪いよ。ボクはもうお腹いっぱいだし、今日は、もうゆっくり休んで』  そういって、アギノは、もう一度体をこすりつけた後、ベッドに飛び乗った。  そして、丸くなったアギノに、布団をかける。 「ありがとうございます、アギノ」 『うん。あのね、ラファリア……』  アギノが、紫色の大きな瞳で私を見つめる。 「はい」 『……まだ出会ったばかりだけど、ボクはラファリアのこと、好きだよ』  好き、という子供のように純粋なアギノ言葉は、まっすぐに私の胸に届いた。 「……はい」 『うん。……それだけ。じゃあ、また明日』  心配そうなマギリの視線を受けつつ、自室に戻った。   胸元に手を当てると、ちりん、と鈴がなる。 「……うん」  聖花たちとちゃんとお別れできなかったことは、私の後悔だけれど。  花奏師としての仕事に手を抜いたことは一度もない。  ……だから。この後悔を忘れず、アギノの世話係として頑張ろう。 ◇◇◇ (花奏師長視点) 「ううーん」  私は、首をかしげていた。 「聖花のことですか?」  同僚に尋ねられ、ええ、と大きく頷く。  昨日から、なんだか聖花の様子がおかしいと思っていたけれど。  わたしは、師長として、花奏師が演奏を聞かせた後の、聖花を見回るのが仕事だ。今日の聖花……特にマーガレットさんの区画の聖花がおかしいのだ。  具体的に、何をどう……と言われたら、困る。  困るけど、いつもと聖花が違う。昨日のものとは違い、これは確信だった。 「まぁ、区画を増やしたからかしらね……」  マーガレットさんたっての希望で、ラファリアさんが以前担当していた区画は、マーガレットさんが担当している。  区画を増やしたことで、聖花たちに演奏が行き届いていないのかしら。  それなら、演奏時間を、今後はもう少し長くするか、何回かにわけて行うか……。  そういう指示を出した方がいいわよね。 「マーガレットさんは……」  同僚の方を見ると、首を振った。 「陛下のところです。どうも、陛下が風邪をひかれたみたいで、その見舞いに」  マーガレットさんは、まだ正式ではないけれど、竜王レガレス陛下の婚約者だ。  だから、体調を崩された陛下のそばにいるのは、不思議ではない。 「……わかったわ。戻ってきたら教えてくれる?」 「はい。わかりました」  いつ頃戻ってくるかわからないけれど、聖花は国の繁栄にも関わるから、このまま野放しにしておいて、いいとも思えない。  窓の外を見る。 「……聖花たちが、早く元通りになればいいけれど」  白く輝く美しい聖花。  そんな聖花に音楽を届け、守ることに憧れて、花奏師になった。  その聖花に対する憧れの気持ちは、今もまだ胸に。 ラファリアさんだったら……。  わたしと同じように、聖花に憧れていると言っていた彼女。  彼女だったら、この事態をどう受け止めるだろうか。  そこまで、考えて苦笑する。  わたしは、思った以上に彼女に期待してたのかもしれない。  いや、そうだ。実際、次の花奏師長は彼女しかいないと思っていた。  それでも、今ここに彼女はいない。  現実を受け止めなければ。  同僚が淹れてくれたコーヒーを口に含みながら、どうしたものか、と考えていた。
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