酒場

1/1

96人が本棚に入れています
本棚に追加
/50ページ

酒場

 酒場は、すぐに見つかった。  昼からも開いているところもあるのね。  感動しつつ、未知の世界へ、足を踏み入れる。 「いらっしゃいませ」  昼間から飲んでいる人は、荒くれ者が多い、なんて聞いていたけれど。  そんなことは全然なさそうで、みんな穏やかにお酒を飲んでいる。  カウンター席に座ると、店員さんににこやかに話しかけられる。 「ご注文は、何になさいますか?」 「なんでもいいので、お酒を一杯お願いします」  私の返答に店員さんは、目を瞬かせた。 「なんでも……よろしいのですか?」 「……なんでも、はやめておけ。ここの店主はがめついから、最高級のものを飲ませられるぞ」  店員さんと私の間に割って入った声に、振り向くと一つ空いて、カウンター席の隣に座っていた、黒い髪に、金の瞳が印象的な美青年が見ていた。  どうやら彼が、私に忠告してくれたみたいだ。 「……ご忠告ありがとうございます。ええと、じゃあ……」  何を注文しよう。  迷っていると、さっと、店員さんがメニューを見せてくれる。  でも……お酒については、何が美味しいのか、飲みやすいのか、さっぱりわからない。  うーん。何を選ぶのが、正解かしら。 「これと、これと、これ……」  迷っていると先ほどの青年が席を一つずれて、隣に座って、メニューを指さした。 「……初めてなら、このあたりがいいんじゃないか」  それだけ言って、さっと、また元の席に戻ろうとする。 「あの、待ってください」 「なんだ?」 「あの……よかったら、一緒に飲んでくださいませんか? 私、お酒に詳しくなくて……」  この人は、お酒に詳しそうだ。  そう思ってのことだったけれど、青年は顔を顰めた。 「構わないが……気をつけたほうがいい。ここの酒場は気のいい奴らばかりだが、自分に気があるのだと、勘違いする男も中にはいないと限らない」 「! そうですね……すみません」  そうだった。お酒に遠い生活をしていたから、忘れていたけれど。この国では、女性からお酒を誘うのは、告白に近い意味もあるのだ。 「……わかったならいい」  反省していると、青年は、席を一つずれて、私の隣に座った。  お酒が来るのを待つ間、青年と雑談する。 「花奏師は、酒は禁止じゃなかったか?」 「もう、やめました。……え、あれ、私が花奏師だって、お話ししましたか?」  私が尋ねると、ふっと、青年は笑った。 「聖花の香りがあなたからする。……聖花によほど好かれていた腕のいい花奏師だったんだな」 「え!?」  聖花に香りはないはず……。そう思いながら、自分のあたりの空気を嗅ぐ。  変な匂いは、していない……と思う。 「ああ、俺は……特別鼻が利くんだ」 「そうなんですね」  そんなことを話している間に、お酒とナッツがやってきた。  興味津々で、お酒の入ったグラスを手に持つ。 「これが……お酒」 「あぁ。一気に飲まず、少しずつ飲んだ方がいい」  青年は私のグラスに、自分のグラスを合わせると、微笑んだ。 「初めてのお酒を飲む、あなたの特別な日に、乾杯」
/50ページ

最初のコメントを投稿しよう!

96人が本棚に入れています
本棚に追加