裏切り行為

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裏切り行為

(レガレス視点) 「……レガレス陛下」  マーガレットは、緑の瞳で私を見つめ返した。 「でも……私、不安で」  緑の瞳はその言葉通り、ゆらゆらと揺れていた。 「私たち、正式に婚約もしていないですし……」 「それは……」  私は、曲がりなりにも一国の王だ。  婚約を発表するには、しかるべきタイミングというものがある。  私個人の意思でどうにかできるものではない。 「わかってます! 陛下だって、おつらいこと……」 「……マーガレット」  マーガレットは、そっと私の背に腕を回した。 「だから……私に信じさせてくれませんか?」 「どうしたら、信じられる?」  マーガレット。六年前に出会った、愛し君。 「私を、陛下のたったひとりの、〈運命〉にして」 「!」  運命。竜にとって、その言葉は、特別な意味を持つ。  それでも、君がそう望むなら。 「も……」  もちろん、と言いかけて、なぜか言葉がつまった。  ――本当に、いいのか?  いいに決まってる。彼女以外に、私が愛すべきひとはいない。  ……ずきずきと頭が、痛む。 「……陛下?」  押し黙った私に、先ほどよりも不安そうに、マーガレットが私を見つめた。 「……あ、あぁ。すまない。頭痛がして」  天気のせいだろうか。 「いいえ。……ごめんなさい、陛下」 「マーガレット?」  君が謝る必要なんて、なにひとつないのに。 「さっきの、急すぎました。……私、いくら不安だからって」 「……いや」  急も何もない。  私は、マーガレットを〈運命〉だと思ってるし、選ぶつもりだった。 だから……。  そう言葉にしたいのに、なぜか口から出てこなかった。 「でも……陛下」  マーガレットは、かすかにうるんだ瞳で私を見上げた。 「嬉しかったです。初めて……抱き寄せてくれたから」  ぎゅっと、より腕を私の背に絡ませ、マーガレットがはにかむ。  あぁ、なんて愛しいのか。  ……本当に?  なぜか、相反する心の声に、頭が痛む。 「陛下、愛しています」  マーガレットが、うっとりと微笑む。 「……私も――」  愛している。  続くはずの言葉は、音にならず、空気に溶けた。  それでも、マーガレットには十分だったようで、マーガレットは嬉しそうに微笑んだ。 「それでは、陛下。……お邪魔してしまってごめんなさい」 「……いや。君なら、邪魔だなんて思わない」  まぁ、と喜びの声を上げて、マーガレットは、執務室を出て行った。  マーガレットがいなくなった後、ぼんやりと窓の外を眺める。  窓からは、あの日の君が大好きな聖花が見えた。  けれど、なぜか、聖花を見て浮かんだのは――君の友人の顔だった。 「!?」 どうして。  いつもなら、真っ先にマーガレットが思い浮かぶのに。  私とマーガレットが話す度に、どこか悲しげな顔で微笑んでいた、彼女。    聖花師長に褒められて、少し恥ずかしそうに俯いた彼女。  そして、聖花を見つめる、優しい瞳をした彼女。 「……なんだ、これは」  ――「ラファリアも、陛下に恋をしていたのです」という先ほどの言葉のせいに違いないが。  マーガレットへの裏切り行為だ。  頭を振って、彼女……ラファリアの顔を私から追い出す。  なぜか、また痛み出した頭を押さえながら、私は、そっと息を吐きだした。
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