泡沫

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泡沫

(レガレス視点) 「……陛下?」  ……いけない。  再会した日の思い出に浸りすぎていたようだ。 「マーガレット」  私は、そっとマーガレットを抱き寄せる。 「……陛下ったら」  微笑んだマーガレットに、安堵する。  私は、間違っていない。 「……ですが、顔色が優れませんね」  そういって、心配そうに頬に手を当てられる。  緑の瞳と目が合う。  エメラルドグリーンの瞳は、いつも通り輝いている。 ……だが。  ――『君』の瞳は、本当にこの色だっただろうか?  一瞬、自分の中に浮かんだ疑念に、胸がつまりそうになる。  なぜ、そんなことを思う。  金糸の同じ色の髪も。  マーガレットは、六年前の出来事を憶えていて。  そして、再会した時だって、聖花を見て、涙を流したと言っていたじゃないか。  ……体調が悪いせいか?  だから、精神的に不安定なのかもしれない。  そう自分を納得させていると、黙っていた私を不安そうにマーガレットが見つめていた。 「……陛下?」  馬鹿だな、私は。  こんなに私を想っていてくれる君が、嘘をつくはずがない。 「……いや、マーガレット。以前の話だが……」  〈運命〉は必ずしも今世で選ばなければならない相手ではない。  実際に、〈運命〉に選ばなくとも、幸せになった国王夫妻は何組もいる。  それでも。  〈運命〉、として選ぶのは、誓いだった。  何年先も、何十年先も。――たとえ、生まれ変わったとしても。  迷わず、君を探しに行くと。 「どの話、ですか?」  マーガレットは、瞳を瞬かせた。  確かに、以前の話、だなんてぼかしすぎたな。 「君が、この前――」  ――しかし、私が言いかけたとき。 「……?」  首を傾げる。  何やら、廊下が騒がしい。 「……陛下」  侍従のクルスが、やってきた。 「ご歓談のところ、申し訳ございません。花奏師長が、至急、陛下とマーガレット様にお話したいことがあると」 「……花奏師長が?」  彼女がわざわざ、私とマーガレットに話がある、ということは、聖花関連だろうか。  聖花に何かあった?  不安の種が私の中で芽吹き始める。 「はい。いかがされますか?」  クルスも困惑した表情で、私を見つめていた。 「通してくれ」  国に繁栄をもたらす聖花に何かなければいい、と願いながら、通してもらう。 「……陛下、突然の訪問になりましたこと、申し訳ございません」  花奏師長は礼をすると、厳しい表情で、私とマーガレットを見つめる。 「いや、構わない。……こちらこそ、見苦しい格好ですまないな」 「とんでもございません。それで……」  花奏師長は、一枚の萎れた花びらを差し出した。 「……これは?」 「抜け落ちた聖花の花びらです」 「……なに?」  これが、聖花……だと?  聖花はもっと瑞々しく、神々しい輝きを秘めていたはず。  それなのに、どうして、これほどまでに萎れているのか。 「実は、つい先日から、聖花の様子がおかしい区画がござまして……」 「なんだと?」  聖花の様子がおかしい? 「なぜ、早く報告しなかった?」 「確信が持てたのが、つい先ほどだったのです」  そういって、花奏師長は聖花を指さす。 「それで……その区画の担当者は?」 「以前は、ラファリアさんが担当していましたが……」  ……ラファリア。  花奏師で、マーガレットの友人で、私のことが好きだったという、彼女が。 「では、担当のラファリアを呼び戻すよりほかは……」 「いいえ。おかしくなったのは、ラファリアさんがいなくなってから――マーガレットさんが区画の担当者になってからなのです」 「!?」  マーガレットが……?  思わず、マーガレットを見ると、マーガレットは微笑んでいた。 「だって、ラファリアに捨てられた聖花が可哀そうだったので……それで、私が担当になったんです」 「……そう、だったのか」  優しいマーガレットらしい言葉に安堵する。 「はい」  私の表情を見て、マーガレットは嬉しそうに、頷いた。 「だったら、急に担当が変わって、聖花もとまどっているだけじゃないか?」  聖花に感情がどれだけあるかは、知らないが。 急な変化に戸惑っている、ということも考えられる。 「その可能性も考えましたが……これは、あまりに」  花奏師長は、視線を落とした。  その視線の先にあるのは、萎れた聖花だ。 「それとも、君は……マーガレットの腕に問題があると?」 「……っ、それは」  怒気を孕んだ私の声音に、花奏師長は、身を竦ませる。 「陛下、そんなに怒らないで。……でも、心配してくださって、ありがとうございます。花奏師長は、聖花を守るのが仕事だもの。……可能性を考慮するのは、仕方のないことですわ」 「……マーガレット」  あぁ、君はなんて優しいのか。  思わず、マーガレットを見つめると、マーガレットも微笑んでくれた。  しばらく二人で見つめあう。 「……ごほん」  咳払いが聞こえ、私たちの間の甘い空気は霧散した。咳払いの主は、花奏師長だった。 「……マーガレットさん、そして陛下にお願いがございます」 「なんでしょう?」  マーガレットは、可憐に小首をかしげてみせる。  花奏師長は、一度大きく息を吸い込み、吐き出した。 「私にも、マーガレットさんの演奏を聞かせていただけませんか?」
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