枯死した聖花

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枯死した聖花

(レガレス視点) 「……マーガレットの演奏を?」  花奏師の演奏は、本来、聖花にしか聞かせない。聖花にだけ捧げる演奏だからだ。  花奏師の試験も、聖花と受験者のみで行われるほど、徹底されていた。  だから、花奏師の演奏を、他の人が聞くには竜王の許可がいるのだ。  マーガレットを見ると、なぜかおびえた顔をしていた。 「……マーガレット?」 「……いえ。花奏師の演奏を、聖花以外に聞かせるなんて、そんなこと」  ……なるほど。  禁則事項を破ることにおびえていたんだな。  ……だが。 「マーガレット、私がついている。だから、大丈夫だ」 かつてないほど聖花たちを輝かせた君。  あの日の輝きを、私は、決して忘れない。 「……でも、でも、陛下!」 「マーガレット、不安がる必要はない。君は、『いつも通り』演奏をしてくれればいいのだから」  そういって、微笑んでもなお、マーガレットは不安げな顔をしていた。 「……でも」 「さっきも言ったように、私もその場に同席する。……だから、大丈夫だ」  マーガレットにかけられた疑いを晴らしたい。 「マーガレットさん、お願いできるかしら? ……このままだと、あなたを花奏師でなくす可能性もあるわ」 「!!」  マーガレットは、はっと、目を見開いた。  そうだ、聖花が大好きな君がこの言葉に反応しないはずがない。 「……それほど、この事態を深刻に捉えているの。だから……」 「……わかり、ました」  マーガレットは、しぶしぶといった様子で頷いた。 「花奏師の服に着替えてきます」  そういって、マーガレットは、私の部屋を出て行く。 「気が動転しているマーガレットさんが心配なので、私もついてきますね」  そう言って、花奏師長も私の部屋を出て行った。  残されたのは、私、ひとり。 「……また、君の演奏が聞けるのか」  そうなった経緯は私にとっても不本意だ。だが、その喜びには、勝てなかった。  思い出すのは、あの日の君の涙、そして聖花の輝き。 「……楽しみだ」  まるで、子供時代にしか感じなかったほど、高揚した気持ちを覚えながら、私も支度をすることにした。 ◇◇◇  ――数十分後。  私たちは、聖花の前に立っていた。  聖花は、確かに、花奏師長の言う通り、萎れている。 「大丈夫だ、マーガレット」  花奏師の制服に身を包んだマーガレットは、いつもより眩しく見える。 「……はい、陛下」  マーガレットはまだ青い顔をしていたが、先ほどよりは表情がましになっていた。 「それでは、マーガレットさん。お願いします」  花奏師長の合図で、マーガレットが歌い始める。  そう、歌だ。  今回のマーガレットは、楽器の演奏ではなく、歌を選んだらしい。  マーガレットが選んだのは、奇しくもあの日と同じ曲だった。  派手さはないが、その分、基礎がしっかりしていないと、綺麗に聞こえない、難しい曲。  あの日と寸分たがわぬ、その美しさに息を吞む。  あぁ、やっぱり君だったのか。  私は、間違ってなんかいなかった。  ……けれど。 「……歌うのをやめてください!!」  花奏師長の大きな声に、過去に浸っていた私は一気に現実に帰ってくる。 「花奏師長?」  どうしたんだ、マーガレットの素晴らしい演奏の最中に……。 「聖花が!!!!」  花奏師長の叫びに、聖花を見る。 「!!!!!!!」  ……そんな、馬鹿な。  聖花は――間違いなく、枯れていた。
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