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新たな門出
「……乾杯」
少し気恥ずかしくて、小さな声でそう言うと、青年の忠告に従って、少しだけ、口に含む。
甘みを含んだお酒をゆっくりと飲み込んだ。
「!」
このお酒、お酒ははじめてでも、すごく飲みやすいのがわかる。
感動して思わず、青年の方を見る。
「……気に入ったか?」
「はい!」
私が大きく頷くと、青年はそれなら良かった、と微笑んだ。
「あなたは——……俺はガロン。あなたは?」
そういえば、まだ名乗っていなかったわ。
「ガロンさん、初めまして。私は、ラファリアと申します」
「ラファリア……」
ガロンさんは、私の名前を舌で転がすように、小さく呼んだ。
「はい、ラファリアです」
「ラファリア、あなたは、花奏師を辞めたんだったな?」
「えぇ、はい」
だから、今こうしてお酒を飲むことができるものね。
少しずつ、お酒を飲みながら、ガロンさんの言葉に頷く。
「答えたくないなら、答えなくてもいいが。あなたは、素晴らしい花奏師だったんだろう。何か、あったのか?」
「腕のいい花奏師だったかは、わかりませんが。何か……というか、失恋したんです」
「……失恋」
私の言葉にガロンさんは目を瞬かせた。
よほど、予想外だったらしい。
初対面の、素性も知らない人に話すのもどうかと思ったけれど。
せっかくなら、誰かに聞いてもらいたくて、話を続ける。
「はい。初恋でした。六年前からずっと好きだった。でも、私は選ばれなかった。選ばれたのは、友人でした。……だから、二人の姿を見ていたくなくて、花奏師もやめちゃったんです」
そこまで話し終えると、グラスをテーブルに置いた。
少し、頭がふわふわしてきた。
これが……酔うってことかしら。
「……そうか」
ガロンさんは頷くと私を見つめた。
「では、今日はめでたい日だな」
「……めでたい?」
「あぁ。新たなあなたに生まれ変わる日だ。恋をすると、人は変わるという。だったら、恋を無くしたときも人は変わるんじゃないか?」
……なるほど。
「そうですね」
恋を無くした時も、人が変われるのなら。
私は、変わりたい。
そう強く願いながら、頷く。
ガロンさんは、優しく微笑むと、もう一度グラスを合わせた。
「では、あなたの新たな門出にも。……乾杯」
「乾杯」
まだ残っているお酒を口にしながら、そういえば、とガロンさんに話しかける。
「ガロンさんは、どんなお仕事をされているのですか?」
「俺は……、管理職みたいなものをしている」
「管理職ですか、すごいですね」
ガロンさんは、二十代前半ほどに見える。
その年齢で管理職を任されるなんて、よほど優秀なのだろう。
「別に、すごくない。聖花たちに好かれるあなたのほうが……」
ガロンさんはそこで言葉を止め、私を見た。
まるで星のような金の瞳は、まっすぐに私を見つめている。
「なぁ、あなたは次の仕事は決まっているのか?」
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