素敵なひと

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素敵なひと

「はい! よろしくお願いします」  ガロンさんが柔らかく微笑む。  その笑みに、胸がじんわりと温かくなった。  その後運ばれてきた朝食――昨日よりも二品多い――を取りながら、和やかに朝食会は過ぎていった。  朝食会が終わった後、ガロンさんに引き留められた。 「ラファリア、今日もアギノのところに共に行ってもいいだろうか?」 「はい、もちろん」  ガロンさんも、竜夢のことやアギノの様子がおかしかったことなどが気になっているのかな。  そんなことを考えつつ、アギノの部屋までの距離を並んで歩く。 「……ふふ」 「どうした?」 「……いえ。ガロンさんと初めて一緒に歩いた日のことを思い出して」  あの時は、置いて行かれないように必死だったけれど。今は、私と同じ速度で歩いてくれている。そういう気遣いが嬉しい。 「! ……あれは、その。恰好がつかないから、忘れてくれ」  恥ずかしそうに、横を向いたガロンさんの耳は、赤い。 「ガロンさんは……」 「?」 「素敵なひとですね」  ふと思ったことが、頭を介さず口から出た。 「あなたは――……」  ガロンさんは立ち止まり、口を開けたり閉じたりした。 「……あなただって、十分素敵なひとだと思うが」 「いいえ、私なんて足元にも及ばないくらい、ガロンさんは素敵です」  さっきも、私のために言葉を尽くしてくれた。  ガロンさんは、確かに口下手な部分はあるけれど。だからといって、そこであきらめずに、伝えるための努力を惜しまない人だ。 「私は……」  伝えなかった。何も。何一つ。  私が花奏師の試験を受けて、合格した時には、レガレス陛下の傍らにはすでにマーガレット様がいて。  この想いは秘するべきだと、何も、言えなかった。  でも、きっとガロンさんなら。ガロンさんが、私なら、きっと、伝えていたのかもしれない。  それで、レガレス陛下とどうにかなるとか、結果が欲しいからじゃなくて。  想いを伝えるための重要さを知っているから。 「ラファリア?」  黙り込んだ私を、心配そうにガロンさんが見つめている。 「いえ! 改めて、魔国に来られてよかったな、と思いました」  私は選ばれなかったけれど。  もしかしたら、選ばれようともしなかったのかもしれない。  そう、気づけたから。 「……そうか? それならいいが」  まだ心配そうなガロンさんを安心させるように微笑んで歩き出す。  どれだけ過去のことを後悔しても、仕方ない。  時間の進みに置いて行かれないように、私も自分の足で歩かなきゃ。  ――アギノの部屋の前についた。 「アギノ、おはようございます」  控えめな音でノックをする。 『あっ、ラファリア! おはよ、はいっていーよ』  元気な声に微笑んで、扉を開ける。 「おはようございます」 『うん。……ガロンも一緒だったんだね。おはよ』  ベッドから降りると、アギノはすたすたと私たちの元へ、駆け寄った。 「ああ、おはよう、アギノ」  アギノは、私の周りをくるりと回った。 「アギノ?」 『うんうん。いろいろ馴染んで、いいー感じ』  アギノの馴染んだ、はおそらく魔素の多い空気のことだろう。 「アギノ、今日はどんな曲がいいですか?」 『選んでいいの?』  瞳を瞬かせたアギノに、もちろん、と大きく頷く。  竜夢のことについて聞くのは、演奏が終わってからにしようと決めていた。 『うーんとね。だったらね……』  アギノは、アメジストのように輝く紫の大きな瞳で私を見つめた。 「はい」 『……あの、曲がいいな。英雄ラギスが女神に恋をした曲』 「わかりました」  英雄ラギスが女神に恋をした曲。それは、その名の通り、地上に舞い降りた女神が踊りながら歌っていた曲で、その姿と曲に英雄ラギスは惚れ込んだのだという。 「……それではいきますね」  目を閉じて、意識を集中させる。  私は、女神じゃないけれど。  英雄を見惚れさせるぐらい、魅力的に聞こえるといいなと願いながら、歌い始めた。  どこまでも、軽やかなリズム。でも、その中に、甘さを含んでる。  まだ、恋を知らない女神は、本当の苦さを知らない。 純真な女神の姿は、まるで少女のよう。 でも、ときおり、はっとするほどの色香をのぞかせる。 その色香に英雄ラギスは、惹きつけられ、触れたいと願った。  そんなラギスに笑いかける女神の笑みは、きらきらと輝いて、太陽よりもまばゆい。  ――そんなイメージを思い浮かべているうちに、あっという間に歌い終わった。 「……ふぅ」  歌い終わって、そっと息を吐く。  目を開けて、真っ先に、アギノの姿を探す。 「アギ――」  アギノの名前を呼ぼうとした。でも……。  私とガロンさんは目配せして、部屋から出て行った。  そっとアギノの部屋の扉を閉める。 「アギノ、眠っていましたね……」 「……ああ。腹を見せて寝るほど、安心しきった姿は初めて見たな」  それだけ、私の演奏で満たされたのならよかった。 「本当は、俺も竜夢とあなたの関係について聞きたかったんだが……」 「!」  やっぱり、ガロンさんの目的もそうだったんだ。 「出直した方がよさそうだな。それに……なぜだが、動悸がすごい」 「えっ!? 大丈夫ですか?」  ガロンさんは、なぜか、顔を背けながらうなずいた。 「あぁ。……少しずつましになってるから、大丈夫だ」 「医師に診てもらった方が……」  「いや、本当に大丈夫だ。体自体は、あなたの歌のおかげで羽のように軽い」  でも……心臓病って、早期治療が大事なんじゃないかしら。 「あなたは、これからの予定はあるか?」  相変わらず、顔を背けながら、ガロンさんは尋ねた。 「いえ。とくには……」  トレーニングくらいしか、まだ決めてない。 「だったら、少し、俺と歩かないか」
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