大事な話

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大事な話

「はい。もちろん」  ガロンさんと一緒に城の中を歩く。  ……ガロンさんは、私から顔を背けたままだけど。 「ガロンさん、私の顔、なにか変ですか?」 「いやっ、全く……変じゃない。ただ――」  ただ? 「あなたが眩しすぎて、直視すると目が焼けそうだ」 「!?」  それはかなりやばいやつでは!?  動悸もするって言ってたし、これは本格的に医師を……。 「すぐに医師……いえ、せめてマギリに連絡を」 「大丈夫だ! 少しずつ慣れてるから」  いやでも、そもそも。私が眩しいんだったら、一緒に歩くのは危険では!?  離れた方がいいのでは!?  思わずさっと距離を取ろうとすると、腕を掴まれた。 「ガロンさん?」  変な症状が続いて、心細いのかしら。 「もう……症状が落ち着くから」  だから、一緒に歩きたいってことよね。 「本当ですか? ……無理はしないでくださいね」  ガロンさんの双肩には色んな重圧や責務が乗っている。  特にアギノの世話係が決まるまでは、気を揉んでいたみたいだし。  そういった、緊張が解けて、一気に症状が出たのかも。 「……あぁ、ありがとう」  私が距離を取らないことが伝わったのか、腕が離される。  ……よかった。  実は、ガロンさんに腕を掴まれたとき、なぜか私まで動悸がしたのだ。  そして、それが今では落ち着いている。  流行り病のようなものなのかも。  自分で自分を納得させていると、症状が落ち着いてきたようで、ガロンさんは背けていた顔を戻した。 「ラファリア、何か困っていることはないか?」 「……うーん」  魔国に来て困っていること、かぁ。  なんだろう。 「料理がおいしすぎて食べ過ぎてしまうことですかね」  正直に言って、それくらいしか思い浮かばなかった。 「それでは、魔国や待遇や……俺に不満はないだろうか?」 「全くないですね」   魔国のことはもっと知りたいと思う。 以前と比べて待遇面もよすぎるくらいだし。  それに、ガロンさんもすごく気にかけてくれている。  不満なんてあるはずもなかった。 「……そうか。それは、良かった」  心底安心したように、そっと息を吐きだすガロンさんを見つめる。 「ガロンさん?」 「あなたが――アドルリアに帰ってしまうのではないかと、ふと心配になって」  え、ええっ。  ちゃんと、『闇獣の世話係』として、ここにいるつもりだけど、聖花のことが頭から追い出せていなかったからかしら。 「……」 「……誤解しないでくれ。そう思ったのは、あなたのせいじゃなくて、俺のせいだ。ふわふわするような、甘いような、でも急に不安になるような、なんだかとても不思議な気持ちなんだ」  ふわふわ、甘い。でも、不安……かぁ。 「ガロンさん、昨夜は眠れましたか?」  私はぐっすりだったけど、ガロンさんはどうなんだろう。 「……少し調べ物をしていて、深くは眠れていないな」 「やっぱり、今日は眠った方がいいのでは? 動悸や目の錯覚も寝不足からくるものかもしれません」  私の演奏には、精神や傷を癒す力があったはずだけど、それで治らなかったのなら、わりと深刻な状態なのかもしれない。 「……いやだ」  まるで子供のように、純粋に否定をするものだから、思わず笑ってしまった。 「でも、ガロンさん――」 「せっかく、あなたが俺のために時間を割いてくれたのに」 「……ガロンさん」  私は、立ち止まり、ガロンさんを見つめた。 「まだ数日ですが、『闇獣の世話係』という仕事を気に入っています。できれば、定年まで働かせていただきたいと思っています。急にこの国を去ったりしません。……だから、今日はもうゆっくり休んでください」 「……わかった」  頷いたのを確認して、ほっと息を吐く。 「時間を割いてくれて、ありがとう。……では、また明日」 「はい、また明日」  ガロンさんを見送り、私も自分の部屋に帰る。 「……今日は何をしようかな」  トレーニングはもちろんとして。  そういえば、と部屋を見回す。  与えられたこの部屋は、調度品は揃えられているものの、まだ小物は少ない。  ここは私の居場所なのだし、せっかくなら、買い物に行って、自分好みのものを揃えようかな。  部屋には、防音室もあるし、夜になると開いている店も限られてしまう。  だから、トレーニングの前に、出かけてみるのはどうかな。 「……うん」  なかなかいいアイデアな気がする。  ベルを鳴らして、ユグを呼び出す。 「出かけようと思うので、支度をてつだっていただいてもいいですか?」 「はい。もちろんです! 今日は、どんなご気分ですか? 私のおすすめの色は……」  ユグと一緒に街に買い物に出る。  迷った挙句、今日は、黄色のワンピースにした。  とってもかわいくて、お気に入りになりそうだ。  城下はやっぱり今日もにぎわっていて、物珍しさにきょろきょろしながら、歩く。 「ラファリア様、今日はどんなものを買われるんですか?」 「……そうですね」  具体的に、これが欲しい、っていうものはないけれど。 「何か、かわいい小物が欲しいのと。実は……ガロンさんに感謝を伝える贈り物ができないかと考えています」  ガロンさんにはとてもお世話になっている。  その感謝の気持ちを伝えるものが欲しかった。  あと、ユグには内緒だけど。ユグにも何か贈りたいとも考えている。 「まぁ、素敵ですね! ふふふ、ついに陛下にも春が……」 「ユグ?」  ユグは、何やら呟いていたけれど、うまく聞き取れなかった。 「いえ、何でもございません。……それでしたら、私のおすすめは――」  ユグに連れられたのは、一軒の店だった。  あけ放たれた扉からは、甘い香りがする。 「お菓子店……ガロンさんは甘いものが好きなんですか?」 「はい。それはもう、目がなくて……」  意外だ。でも、なんだかちょっと可愛い。  一国の王相手にだいぶ不敬なことを考えながら、店内を見て回る。  迷った挙句、日持ちしそうな焼き菓子が入っている大きな詰め合わせを一袋と、女性でも食べやすそうな、中くらいの袋を一袋買った。 「ユグのおかげでいい買い物ができました。あの、ユグ……近くに刺繍糸などを取り扱っているお店はありますか?」  何かの本で、魔国は刺繍したものを贈る風習があると見たことがあるのだ。 「はい、ございます!」  目をキラキラと輝かせて、ユグは案内してくれた。  どれが、ガロンさんやユグに合うだろうか。  糸を見ながら考えた挙句、ガロンさんには、アギノの姿を刺繍してみようと、それ用の糸を、ユグには花を刺繍してみようとそれ用の糸を買った。  その後、適当に小物を買い、お城に帰ってきた。 「……ユグ」 「はい、ラファリア様」 日持ちするものを選んだとはいえ、お菓子は、早いほうがいいかな。  ユグに、お菓子の詰め合わせの袋を差し出す。 「いつもありがとうございます。……これからも、お願いします」 「! わ、私にですか? ……嬉しい。ありがとうございます」  ユグの満面の笑みを見て、こちらまで嬉しくなる。  贈り物って、やっぱりいいものね。  刺繍も気合を入れて頑張らなくっちゃ。  ガロンさんには、お菓子は明日渡そう。 ◇◇◇  ユグと一緒に買い物をし、大満足でトレーニングにも励むことができた。  そんな日の翌朝。 「……おはようございます、ラファリア様」 「おはようございます、ユグ、どうしました?」  ユグは、何やら深刻そうな様子で、朝の支度を手伝ってくれる。 「今日は朝食会の前に、陛下から大事な話があるそうです」
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