告げるため

1/1

96人が本棚に入れています
本棚に追加
/50ページ

告げるため

「一週間、ですか?」  なぜ、その期間、私がアドルリアに滞在する必要があるのだろう。 「あぁ。表向きの理由は、花奏師の引継ぎの件で、となっているが……」  花奏師の仕事に引継ぎなんてない。  机仕事なんてほぼないし、聖花に音楽を聞かせ、そのための自分のトレーニングが主な仕事だ。 「……妙、ですね」 「あぁ。俺もそう思う」  もしかして、聖花に何かあった?  でも、それなら、私じゃなくて、花奏師長が対応するだろうし。 「あなたは、いまや『闇獣の世話係』だ。つまり、この国では公爵ほどの地位がある」 「……はい」  ガロンさんの瞳は、まっすぐに私を見つめていた。 「それに、私はあなたの味方だ。……だから、あなたが嫌なら、断ろう」  つまり、私がどうしたいか、よね。 「私は――……」  アドルリア王国側にどんな思惑があるにしろ、今は、アギノの世話係だ。だから、もう戻るべきじゃない。  そう答えようとして、最後にまたね、と聖花に言ったことを思い出した。 「……」  あの後悔は、きっと消えない。今、行ったところで、私は、辞めた花奏師だから、聖花の前に立つことも、演奏することも叶わないだろう。 「……ラファリア」  静かな、声だった。 「ひとは、後悔を重ねる生き物だ。だから……それを軽くする機会があるのなら、掴んでもいいと俺は、思う」 「!」  私の考えなんか、ガロンさんにはお見通しだった。 「でも、アギノに音楽を聞かせる世話係としての仕事は……」  ガロンさんは、そっと鈴を指さした。 「『鈴』には、遠隔から音楽を届ける機能もある。もちろん、生の演奏に比べれば、効果は落ちるだろうが……一週間程度なら、問題ない」  つまり、アドルリアに帰ってもいい……ってこと、よね。 「でも……」  いいのかな。  前に、アドルリアに帰るつもりがない、といったとき、ガロンさんは、決意に応える魔国であろう、と言ってくれた。  その言葉を踏みにじることにならないかな。 「ラファリア、あなたの気持ちを優先してくれ。あなたが、花を見るたびに、悲しそうな瞳をしていたことに気づかないほど愚かじゃない」 「! ……わたし、わたし、は」  きっと、心の半分を、あの中庭に置いてきてしまった。 「アドルリアに、行かせてください。花奏師としての私にさよならして、ちゃんと、闇獣の世話係、としての私だけになれるように」
/50ページ

最初のコメントを投稿しよう!

96人が本棚に入れています
本棚に追加